ギャンブル依存症克服への道 〜パチンコ依存症・スロット依存症・断ギャンブル道場です!〜

ギャンブル依存症を治療し、快復・克服することは大変困難です。どうぞ遠慮なくご相談ください。ここでは、生活環境と生活習慣を改善してギャンブル依存症を克服する方法を、お金の専門家FPがご提供いたします。やめさせたいあなたも、ぜひどうぞ! 

最近思うこと カジノ解禁失敗したときの損失を 誰か語れ!

こんばんは、タカビーです。

最近、新聞やテレビで、連日大きく取り上げられていることがあります。

・集団的自衛権に関する憲法解釈

戦争したくて仕方がない政治家サンたちは、憲法を変えることがあまりに難しいんで「そもそも憲法の中で 集団的自衛権に基づく交戦権は認められている」と言い出したんですね。

交戦権を唱えるならば、もっと国際状況などを挙げて国民に分かりやすく説明するのが筋だと思います。それを議論しないで有耶無耶にし、徴兵制に向けて法整備していくというのは、どう考えても納得できません。

・人口減少問題

このままでは30年後に人口が半分にまで落ち込むとか。都市がマヒし、新幹線も30分に1本になると騒いでいる人たちもいます。週刊誌や新聞の騒ぎようもハンパではないようです。ボクは、人口減少、逆に良いと思うんですけれどね。本来の姿に戻るのであれば、1次産業を増やして食料の自給率を高められるし、住宅問題も解消に向かうし、良いことずくめのように思うのですが…。ブータンのワンチュク国王が来日されたとき、各マスコミが何をこぞって書いていたのか? あなたも一度思い出してみてください。それは「経済的な豊かさ」のことではなく 「国民の幸福度」ではなかったでしょうか?

人口減少の一番大きな問題というのは、人口構成比が変わって今以上に高齢化が進むということだと思います。ですが、これもやり方次第で克服できると思います。でも、外貨を稼げなくなる産業界は、移民を認めるよう政府にプレッシャーかけています。移民を制度的に認めたりしたら、とんでもないことが起きます。何が起きるのかは、後ほど書きましょう。

・カジノ解禁

これはまだそこまで大きく取り上げられていませんが、アベさんはすでにカジノ解禁を規制事実として動いていますね。裏側ではパチンコ合法化も進められていて、もはやどうにもならないという気がします。

まあ集団的自衛権に関しては議論以前の問題だと思うのですが、人口減少に歯止めをかけるために移民まで認めるというのは、何としても阻止すべき愚策です。世界に目を向けても、そうです。過去に、労働力確保のため他民族を入れた国はことごとく大きな社会問題と、後世に残る「差別 しこり」を残しています。この日本でも今なお、在日朝鮮人問題が存在します。

労働力を他の国に依存するというのなら、昼間パチ屋でプラプラしている人たちの活用をなぜ考えないのでしょうか? 遊んでいるのは、殆ど富裕層でない人たちです。しかもギャンブルがもたらす害は経済以外にも、依存や職務怠慢、家事の放棄、ネグレクトなど、計り知れないものがあります。

カジノの経済効果は8兆円などとうそぶいている大学の教授がいますが、パチンコ屋にいる人たちをなんとかすればその経済効果なんて、それどころではないでしょう。それと、経済効果というならば、失敗した時の損失についても試算すべきです。合わせて、現在のパチンコによる「不経済効果」についても、是非公表していただきたいものです。

ボクがパチプロになれなかった理由 最終回

こんばんは、タカビーです。またまた随分と更新の間が空いてしまいました。今まで1ヶ月更新なしというのは一度もないので、不名誉な記録を作らないためにも頑張って更新させていただきます。

さて…

パチンコが法律で認められる日が近づいたようです。自民党の有志議員が、パチンコ合法化に向けて動き始めました。

以下 47NEWSより引用

自民、風営法改正へ議連設立 「クラブ」の規制検証>

 自民党の有志議員は14日、風営法改正を検討する議員連盟を設立した。風営法は「設備を設けて客にダンスをさせ、飲食させる営業」を許可が必要な風俗営業と規定し、警察当局がダンスや音楽を楽しむ「クラブ」などの取り締まりを強化している。これに対し法改正を求める署名運動が広がっている現状などを踏まえ、規制の妥当性を幅広く検証して法改正につなげる。

「時代に適した風営法を求める議員連盟」(会長・保岡興治元法相)で約20人が参加。会合では「なぜカラオケボックスに規制がなくて、ダンスを楽しむクラブは規制されるのか」などの意見が出た。


この内容を読む限りでは、なんだかクラブの規制を取っ払うだけのようなことになっていますが、私は「実際にそこで話し合われたのは 主にパチンコの法制化(パチンコ業法成立)に関することばかりだった」という情報を得ています。

このあたりのことは、マスコミも徹底的にシャットアウトするという、異例の厳戒態勢の中で行われ、秘密裏のうちにパチンコを合法化してしまおうという政府筋と業界の思惑が窺い知れます。

つまり、この議連は「時代に適した風営法を求める議員連盟」という名称になっていますが、その実態は完全に「パチ・スロ合法化推進議連」なのです。

ここで、今の日本におけるギャンブル依存症の実態を少し書いておきます。今の日本におけるギャンブル依存症は、もはや尋常なレベルではありません。

2009年度総務省の統計調査によれば、成人男子の9.6パーセント、成人女子の1.4パーセント、成人全体の5.5パーセントが依存症ギャンブラーという結果が出ていますので、この数字からすればカジノ解禁などとんでもない話です。といいましょうか、実際はこの調査結果程度では済まないのではないでしょうか? なぜなら、女性の依存率がこんなに低いとは思えないからです。

この国に今以上の賭博を導入しようとしている人達は、口先でどんなに立派なことを言っても所詮売国奴です。ギャンブルに天井を設けることに反対する人は、「大酒呑んで暴れ回らないと 呑んだ気がしない」と言っているに等しいのです。

我々がギャンブルにまみれた国を建て直すには、賭け額の上限を決め、義務教育の段階で賭博の恐ろしさを子供たちに教え込むしかありません。

前置きが長くなりましたが、前回の続きです。


■チンケなプライド

TNTいろいろな人に「なぜタカビーさんは そこで踏み止まれたのですか?」と尋ねられる。また逆に当時は、知り合いのプロたちから、「お前はなんで 2足のわらじを履くねん?」とか「会社なんか やめてまえや!」とか言われることが多かった。

実際彼らにしてみれば、凌いでいるくせにその風体がスーツを着た会社員というのが気に入らなかったのだろう。だが当時、ボクがいた保険会社は違った。簡単にいえば、ボクを含めハンパなく達者な社員が数名居たのである。

そういった好ましくない環境に居たから、ボクも全く罪悪感など感じなかった。仕事をサボれるだけサボって、毎日パチ屋に通っていた。

そんなボクがとことん転落しなかったのは、最後まで自分自身を手放す勇気がなかったからだ。逆にいえば、そこまでできる根性がなかったということである。プロになる禊というものは、「他のプライドや邪魔ものなど一切かなぐり捨て パチンコだけで喰う」ということに他ならない…。2足のわらじを履けるプロなど、存在しないのである。

ではあの頃、ボクのブレーキとなったものは何だったのか? それは吐き捨てるほどつまらないものではあったが、「大学を出た」というチンケなプライドだった。だがそんなつまらないプライドのおかげで、ボクは最後まで堕ちはしなかった。今考えれば、受験をくぐり抜けた経験というものが多少は役に立ったのかもしれない。


■手段は後からついてくる

ここで当時のプロについて書いておく。

当時のプロというものは、まず喰うための機種を選び、朝一から並んでそのうちの1台を確保して終日回すのが常だった。つまり、「喰えると決めた機械を 一日かけて舐めつくす」というスタイルだ。そして座った限り脇見など一切せず、抜き終わってクギが締まる日まで同じ台を打ち続けるのである。

以前このブログで書いたが、「通常は賞玉が1個しか出ないスペックなのに、壊れて15個出てくるフィーバー機」を定休日以外毎日通って抜き切ったプロがいる。ホッパーが故障し、どんな子役でもコインが20枚くらい出てくるパルサーを喰い尽くした奴もいた。

このように「甘い機械や壊れた機械を喰い尽くすこと」を時のプロたちは「追う」と呼んでいた。追うためには、一日中パチ屋に居る必要がある。既にあなたはお気付きだと思うが、2足のわらじが履けない理由とは、途方もなく長い時間が必要だということである。

そして、追う台の善し悪しで稼げる額は大きく変わった。当たり前のハナシだが、喰えない台を追っている奴は勝つどころか店にとって良いカモになった。もう一ついえば、喰うための手段というものは覚悟さえあれば後から付いてくる。店員と組んで一発台の放り込みをしようが、コインをちょろまかそうが、ようは銭になればいい。プロとはそんな世界だった。根性のない奴は、プロになどなれるわけがないのである。

そして今、ボクは思うのだ、あの時プロになれなかったことは、本当に幸いだったと。

プロになっていれば、今のような活動をすることもなかっただろう。この歳になって、妬み・僻み・嫉みの世界に尚居続けたことだろう。そしておそらく、ここに居られるあなたとお会いすることもなかっただろう…。

このことを、今何よりも嬉しく思う。

ボクがパチプロになれなかった理由 その2

こんばんは、タカビーです。

日本という国は不思議な国です。真っ赤なウソが、世間で堂々とまかり通っていることがよくあります。その原因はいろいろとあるのですが、まずマスコミがウソをウソだと言わないことが大きいです。我々市民は、たとえそれがウソであっても、何度も繰り返し聞かされると最後は盾に首を振ってしまいがちです。

同じように世の中には不合理というものがあります。カルトだって、信者数が増えれば国を動かす勢力になっています。絶対に実現などしない夢物語でも、口の旨い人物が叫びマスコミがそればかり取り上げていると、何だか実現しそうな気がしてきます。

駅前に有ったちっぽけなパチ屋でも、巨大化して何兆円もの売り上げがあがれば、おこぼれ頂戴に与ろうと蛆虫のような連中がウヨウヨと寄ってきます。完璧なバクチであるにもかかわらず、国は知らないふりを決め込みます。これはもう、日本に蔓延る慢性の国民病だといってよいでしょう。もはや国際的にも、大きな恥です。

今現在、カジノ合法化に向けていろいろな話が進められています。じゃカジノ合法化して、一体何をどうしたいのか? 簡単にいえば、得体のしれない儲け話に我々国民の血税をつぎ込み、パチンコ関連業界を潤わせようと…。まあ、その程度の話です。

カジノ業界は競争が激しく、勝ち残れるという保証などどこにもありません。それどころか、今現在カジノは全世界的に斜陽産業です。あのベガスでさえ、構造不況の真っただ中です。カジノ合法化などと叫んでいる人たちは、暗黙のうちに関係者だけで甘い汁を吸いつくし、あとはドッカリと我々国民に尻拭いさせようと考えているんでしょう。

大阪でも同じです。維新の会が掲げる大阪都構想…。この都構想だって、主要財源をIRと呼ばれるカジノをメインとするリゾート計画にドップリと委ねているのです。つまりこれだって、バクチで儲けようというお粗末な話なんですね。

それにしても…。主張が通らなくなると何でもすぐに投げ出しちゃう、幼稚園児みたいな市長、これでまたバクチ好きというのだから一層困ります…。都構想などという、最初から出まかせのイカサマ話に酔うのはやめましょう。

大阪を立て直すのに必要な物は、バクチではありません。それは、あなたの力であり、私の力なのです。ゼロサムなものに未来を託すという過ちを犯してはなりません。

今夜は少し前置きが長かったですね。それでは前回の続きです。


■最速のバクチ

304850760_7f82945e68_tそんなある日のこと、友人から言われたことがある。それは「どうせアルバイトをやるならば 将来役に立つことをやったらどうだ?」という辛口のひとことだったと記憶している。

今から考えると、その友人はたいした人物だったと思うが、当時のボクはそんな言葉に貸す耳などなく、パチンコで稼ぐことがどんなに楽しくて楽で効率的か自慢するばかりだった。有頂天になっていた。おそらくだがその友人には、相当軽蔑されていたんだろう…。その後も、かなりこっ酷くディスられた。「お前は後々 エラい目に遭うだろう」と。そして彼の予言は的中した。

自堕落な生活も卒業と共に終わり、そんなボクでも東京の自動車会社へ就職することになった。

そして出向先の茨城でボクはテーブルポーカーに手を染め、バクチは負けるものだということを思い知らされることになったのだ。今考えれば、あの時点で既にボクはプロになれない人間だったといえる。

間違いないことだが、あの時のボクは「稼ぐ」ためではなく「楽しむ」ためにバクチに手を出し、ハマったのだ。そういった人間がプロになれないことは、後々気づいたことである。

テーブルポーカーは今考えてみれば、当時最速のバクチだった。一晩で70万円溶かした人までいた。ボクもすぐにスッテンテンになり、無一文になっては当時付き合っていた彼女の世話になった。


■プロ失格

だが幸いなことに、テーブルポーカー、テーブル麻雀・競馬といった機械物は、すぐに摘発されて無くなってしまった。違法賭博なんだから、当然といえるだろう。そしてそのおかげで、ボクはそれ以上の損失を出すこともなかったのである。通常なら、そこでバクチと縁を切るのが当たり前だ。

だが、ボクは一つ重大な間違いを犯した。それは「バクチに手を出してはならないが パチンコならいい」と勝手に決め込んでしまったことである。つまり、かつて稼いだ経験から、パチンコはバクチじゃないと勝手に解釈していたのである。

バクチが好きな奴は、いつか必ずバクチに溺れてしまう。あの頃のボクは、こんな単純なことさえ分からなかったのだ。

続く

ボクがパチプロになれなかった理由 その1

こんばんは、タカビーです。今回は前回の続きです。


お手柔らかに

今日は最初に、あなたへお話しておきたいことがある。それは、ボクが自身の経歴や「かつてプロになりたかった」などという話をすると、途端に目を三角にして「不謹慎だ」と批判する人がいることである。真面目な人もいるもんだなぁと思うけど、それはそれで結構である。

だがひとつ言っておきたい。それは、この場で記事にしていることが全てボク自身の堕落であって、何も自慢に値するものではないということだ。勿論、ボクだって武勇伝気分でお話しているわけでもない。

というか、そういった経験はボクにとって一番不名誉なことなんだ。それをあえてお話しているのだから、このあたりは矛先の方向をいくぶん修正していただきたいものである。さて前置きはこのあたりにして、話の続きをしよう…。


平等な世界

47033166_e656a003e9_m「社長も
部長も
平社員も

パチンコする時は
ただの人」


これはずいぶん昔、パチ屋で見かけたキャッチ・コピーである。やることなすこと全てがド派手でトンチンカンの業界ではあるが、あのコピーだけは「上手い!」と当時のボクは思ったものである。

実際、パチ屋の中というのは、上下関係や社会的地位など何の意味も持たない世界だ。そこで問われるものといえば、それはただ勝つか負けるかという「結果」だけなのである。というか実際は、金を貢ぎ続けるだけの世界なのだが、当時のボクはそう感じていた。

極端な話、年中ボロボロのジャージを着て、汗とタバコの交じり合った異臭を放っているオヤジでも、勝っていれば堂々と胸を張っていたし、逆に、アルマーニのスーツに身を包んだ成金のオッサンであっても、負ければ無言でコソコソと逃げ出すしかなかった。

実力だけの世界…

そういったものにボクは憧れていたし、その世界の頂点ともいえるプロになることが目標だったといっても決して過言ではない。だが結論からいうならば、このボクにはそういった資質がなかったのである



■確率論では喰えない

ではプロの資質とは一体何だろう? ここで勘違いしているひとが多いので、一つあなたにお話しておこう。

今ボクが知っているプロたちの中で、攻略誌などに書いてあるような、いわゆる「確率論」とか「ゾーン狙い」などで稼いでいる者など一人もいない。そんな幼稚な方法で稼げたのは、遥か昔のことである。

というか、確率論さえなかった頃でもプロは存在していたし、「喰えるかどうかの見極め」というものが存在していた。では、見極めとは何か? それは時間あたりに使う金額である。「時間あたりの回転数」ではなく、ゼニであるというところがミソであった。

つまり1時間に大当たりが3回来る機械であるならば、1時間に使う金が少ないほど抜けて当然だという考えである。そしてこういった理屈はデジパチのみならず、一発台でも立派に通用したのである。当たり前のハナシだが、一発台にせよデジパチにせよ、大当たりを消化するのにそこそこ時間がかかる。1時間に使うゼニが少ないということは、大当たりに費やしている時間が多いということだ。

要は理論やデータなどどうでもよい。抜ければよいのだ。それが過去からもそうであるように、現在もプロたちに課せられた必然のルールなのである…。

もしもあなたが攻略誌を常にチェックして、各機種のデータやスペックを覚えるのに余念がないのであれば、それは稼ぐどころか「カモになるための情報を 一生懸命 無駄な金と時間を費やして得ている」だけである。

そんなことをして収支がプラスになるかどうかは、きっとあなた自身が一番よくご存じだろう。そしてもう一つ…。金に対する執着とその方向が、プロとシロウトでは全然違う。


■学生時代

学生の頃、一つ年上の先輩がパチンコで喰っていた。家庭教師もやらず、他のバイトもやらず、自分の生活費と学費をパチンコの稼ぎ一本で凌ぎ、おまけに貧しかった実家に仕送りまでしていた。信じられないだろうが、これは本当の話である。

勝ち続けるというだけで既に驚愕の世界だったが、当時のボクはそんな先輩が羨ましく、あろうことか頼み込んでクギの見方や立ち回り方などを全て伝授してもらったのだ。そして、それを知るだけで負けなくなったのは事実である。

もっともあの頃のパチンコは、クギが見れるだけである程度までは勝てるものだった。おまけにボクは視力が良かったので、特に有利だったといえるだろう。

ボクが通っていた店には、ボクを除き少なくとも3人のプロがいた。そのうちの一人が、その先輩だった。ボクは一人前のプロ気取りで朝からパチ屋の前に並び、友達から麻雀のお誘いが来ないかぎりずっと打ち続けていた。

続く

ボクがパチプロに憧れたワケ

こんばんは、タカビーです。今夜は徒然に書いてみたいと思います。

久々に昔の仲間と会った
ボクはプロになれなかったけれど
彼は今でも現役のスロプロだ

2555123642_4207cc0a5e_m彼はボクの顔を見るなり
こう言った

最近どないしてる?
カミサン元気か?

あん時は お互い エエ目したのう
勝って はしゃいで 
その足で鴨鍋食べに行ったやんけ

そんな話が一通り終わった後で
彼がポツリと言った

オレ… 足洗おうと思うんや
お前どない思う?

それから彼は 寂しそうに呟いた

今のシャバて…
喰うていけるんか?



人生、半分以上も生きていれば、時として土下座しなければならないことくらい知っている。

ボクはいろいろな職場で営業を経験したが、他人よりも抜きん出て成績を上げるためには、どうしても土下座する必要がある。

この場合の土下座とは、他人の前で地面に頭をこすりつけることではない。全ての恥を耐え忍んで、客に接するということである。ある意味これが嫌で、ボクは営業という職を投げ出したといえるだろう。

あの頃ボクは、とにかくパチ(スロ)プロというものに憧れていた。それは自由への憧れではあったが、決してそんなに格好良いものではない。簡単にいえば、楽して食っていくことに憧れていたのである。

じゃぁ楽って、一体何か? それはそれでいろいろとあったんだな…。


■ボクがパチプロに憧れたわけ

ボクがパチプロに憧れた理由と、パチプロにならなかった理由は、いくつかある。今回は、憧れた理由について書いてみたい。

誰でもそう感じているかもしれないが、人間関係というものは極めて煩わしく出来ている。人間関係の最小単位というものは、おそらく夫婦や親子というものだろうけれど、そんな最小単位の中でも一旦溺れれば、這い出して来れなくなることがある。

パチプロというものは、極端に人間関係が少ない職場というか「環境」である。逆にいえば、「人間関係に時間を費やすのであれば もっと機械に慣れ親しめ」という凌ぎなのだろう。

ギャンブルに依存する過程として、「人間関係が煩わしくてプロになりたい」と考えた人はきっと多い筈だ。このボクも、そうだった。

煩わしい人間関係がないという他にも、パチプロという稼業は魅力がいっぱいだった。なにしろ、時間的な制約がない。自由出勤に自由退社ときている。身なりも気にしなくて済む。スエットの上下で雪駄履きでもかまわない。

いつ休もうが、それも自由だ。とにかく、あらゆる点で自由なのである。しかも日銭ときているから、取りっぱぐれがない。大ぴらには言えないが、税金を支払うことも考えなくてよい。

それで易々と、「普通のサラリーマンと同じくらい稼げれば それは素敵じゃないか!」などと考えた大馬鹿の一人がボクだった。


■究極のプロはサクラなのだが

ボクは今までに数度、「サクラにならないか?」と誘われたことがある。当時提示された日給は、だいたい2万円くらいだった。

だがこのボクは、サクラにならないかと言われた時、妙に冷めていた。サクラ稼業が泥臭く因果な世界だと知っていたからである。

プロならば、喰うために抜くだけだ。しかしサクラは違う。抜くために店と組み、客を欺かねばならない…。そこに気分が重くなる因果が生ずるのは、当然のことだろう。

だからボクはサクラにはならなかった。誰からも束縛されず、堂々と抜ける一人前のプロに憧れたのである。だが後年になって知ったが、そのプロとやらも実際は因果どころか非常にレベルが低い連中の落とし場所だったのだ。

続く

シリーズ共依存 イネイブリング克服への道とは(最終回)

こんばんは、タカビーです。

前々回、自分の棚卸の話をさせていただきました。その後、それに関連したお便りを数通頂戴しました。少し補足を書いておきたいと思います。

327458362_0f5d732106_m「自分の棚卸」をした後に気付くことがあります。それは問題の責任をなすりつける相手がいないということです…。

そしてもう一つわかることがあります。それは、問題を解決するためには「自分で 何とかしなければねばならない」ということです。依存者ではなく第三者でもなく、そう! 自分が変わらなければならないということです。ですが、そこまでわかれば大丈夫です。またそれ以上、悟ることもありません。

さて前回は、「依存症ギャンブラーの正体を知る」ということと「甘えに屈しない」ということについてお話しさせていただきました。そして最後に私は「愛を持って放置してください」と書きました。

「愛のある放置」と聞いて、「以前にも聞きましたがな!」とお思いのあなた…。今回は少し違うお話をさせていただきましょう。


愛無きおせっかいの果てに

純粋に愛しているのであればきっと、「余計なおせっかいは相手の為にならず また決してそれが本当の愛ではない」ことがわかるはずだ。一方で、いかに人格が低下した依存症ギャンブラーとはいえ、自分のパートナーの行為が自己満足するためのおせっかいなのか、それとも純粋な愛情なのかは容易にわかることだろう。

そして依存者は、パートナーが自己満足を得る為にやっているのだと知ったならば、ウンザリして逃げ出すだろう。少し悪知恵が働く者ならば、その心理を利用して搾り取ってやろうとすることだろう。

後者に該当するのがいわゆるヒモと呼ばれるような人たちで、「前者に該当するが ギャンブルするお金欲しさに嫌々ながらも一緒にいる人たち」が依存症ギャンブラーである。

ここで一つ、あなたに考えていただきたいことがある。それは、そういったややこしい関係を築いている原因が、イネイブラー自身の心の中に存在しているということである。

そしてもう一ついえば、本当の意味での愛はそこに存在しない。

愛無きおせっかいの果ては、パートナーの逃亡か、あなたが骨までしゃぶり尽くされるかいずれかなのである。



■放棄と放置は違う

私は今までに何度かイネイブラーの方に対し「愛のある放置をしてください」と申し上げてきました。そんな中でこの「放置」の意味をお分かりいただけない方が多いように感じました。

イネイブラーは自分と相手との境界線がちゃんとできていないので、何が愛情で何が自己満足なのかわからない場合があります。ざっくばらんな話、「放置」といわれると、相手に冷たく接して別人のように振舞うことが放置であると解釈してしまう方がおられます。ですが、それでは家族であることを放棄するのと同じです。

放置と放棄は違います。ここでいう放置とは、「家族としての関係はそのままで 自分のことは自分でさせる」ということです。決して無視したり、冷たい態度で接しろというわけではありません。

私の知る人に、自分の夫をことあるごとに批判し、他人の前で愚痴る人がいます。といいましょうか、そういった知り合いの女性が数名いるのです。第三者が聞いても見苦しいだけです。

人には尊厳というものがあり、一人ひとりが人格を持っています 少なくとも、これらを踏みにじるような行為は慎むべきでしょう

そういった態度は殆どの場合、逆効果なのです。まず、自分がされてきて嫌だったことを家族であれパートナーであれ、誰かに押し付けることは避けましょう。このことが一番肝心です。


■最も効果的な方法とは

そしてもう一ついえば、放棄と思われる「相手に対する冷たい姿勢」というものは殆どの場合、見せ掛けにすぎません。虚勢というものは、本来の悟り・覚悟ではありません。いずれ、化けの皮が剥がれます…。

一見優しそうに見えるが決して妥協しない姿勢こそが、一番効果的なのです。何度も繰り返しますが、依存症ギャンブラーへの効果が期待できるのは、唯一金銭のガードなのです。それに徹し、クールに装いましょう。見せ掛けの冷たい態度は、必ず見透かされます。

急所だけ押えて、あとは本人に任せる。これが基本だと思います。勿論ですが、依存症ギャンブラーの急所とは金銭なのです。

シリーズ共依存 イネイブリング克服への道とは(その2)

こんばんは、タカビーです。

362412599_9e7dfd1eed_m一昨日、仕事で飲食店の主とお話したのですが、コックさんの勤務怠慢でお困りとのことでした。

よくよく聞くと、そのコックさんは昼の時間帯と夜の時間帯の間にパチ屋に行くということでした。その結果、勤務意欲が低下したり、会社から給与を前借したり、時間になっても戻ってこなかったり、いろいろと店に悪影響が出ているそうです。

その人は料理の腕前も良く、店の花形ともいえる存在です。それゆえ店側が頼る部分が大きく、また本人もそのことをよく知っていて無茶を言ってくるのだそうです。お店は繁華街にあり、すぐ近くにパチ屋があります。どうすればよいか、店主さんは頭を抱えておられました。

以前より私は何度も、バクチが原因で身を滅ぼした飲食店の店主や従業員を見てきました。飲食業というものは他の業界に比べ、ギャンブルと縁が深いものです。

店主は厳しい自己管理が必要ですし、合わせて従業員の士気を上げる為にいろいろと工夫を凝らさねばなりません。冗談抜きで、店員のパチンコが原因で店を畳んだケースさえ有ります。

一昨日は店主さんに、空きの時間帯を埋める工夫をしていただくことにしました。また、いろいろな手続きを踏まないといけないのですが、その時間帯の勤務に対し何らかの手当が出るよう就業規則を見直す提案もしてまいりました。

今夜は、「相手の正体を知る」というテーマで書かせていただきます。


差し伸べてはならない手

イネイブラーというものは依存者とかかわり続けることが、生活の一部になっている。そして、自分がいないと依存者自身の生活が成り立たないと信じ込んでいるのである。

だから懇願されると、すぐに手を差し伸べてしまう。差し伸べる手が相手のため、果ては自分自身のためだと錯覚しているのだ。

だがそういった方のお話をよく聞くと、手助けなどしなくても相手は一向に困らないというケースが殆どである。

これは子育てにも通じることだが、生きていく上で「差し伸べてはならない手」というものがある。そしてそういった「差し伸べてはならない手」は殆どの場合、相手のためと言いながらも実際は自分の欲望を満たすための一手段に過ぎない…。



■愛は依存に勝てるか?

さて今日までイネイブラーの問題行動について、いろいろと書いてきましたが、心中穏やかでない方も多いことでしょう…。勿論、私はあなたのそういった気持ちがよくわかりますし、依存者側に大きな問題があることも承知の上です。

まず第一に依存者がいる家庭では、依存者自身が高圧的な態度でイネイブラーに金を無心したりすることが多いです。実際そういった脅迫に屈して、金を手渡す人がいます。ちなみに「無心する」とは「無遠慮に金品をねだる」という意味です。依存症ギャンブラーにはピッタリの言葉だと思われませんか?

無心するといえど、緩急を使い分けるのが上手なのは依存者の特徴です。つまり、ある時は悪魔になり、またある時は天使のようないい子ちゃんだったりするのです。

ですがここで一ついえることがあります。それは依存者の行動を信用するということ自体が大きな間違いだということです。これは重要なことなので、再度書いておきます。

依存者の行動を信用するということ自体が大きな間違いなのです。

ちょくちょく「私が愛を注げば いつか分かってくれる…」などと涙目で囁く方がいらっしゃいますが、とんだ見当違いです。通常の場合、愛は依存に勝てません。依存は心の病であるということを、片時もお忘れにならないことです。

振り返らない相手のことを嘆く方が多いですが、依存症ギャンブラーとはそういったものと心得てください。依存が快復しなければ、人格も戻っては来ないのです。


■甘えに屈するということ

依存者は甘え上手です。だからついつい世話を焼いたり金を手渡したりしてしまう方が多いのですが、ここでよくお考えください。依存者の目的が一体何であるのかをです…。

依存者の「甘える行動」というものは、殆どの場合依存という病によって引き起こされているものです。依存者に愛がないとは言いませんが、依存してしまうと本来持っている愛は賭博の前に埋もれてしまうのです。

依存者があなたに甘える目的というのは、自分が幸せになるためでも、あなたを幸せにするためでもありません。ただ単に、ギャンブルするためのお金をあなたから得るという目的だけなのです。

そういった目的を持った依存者に金を与えたり世話を焼いたりするのは、「お願いします あなたの世話をさせてください」とばかり土下座し続けるのと同じことです。「甘え」に屈してはならないのです。


■依存症ギャンブラーの正体を知る

日常的にあなたが気をつけるべきことは、相手を冷静に観察してみるということです。そこで自分というフィルタを通してはなりません。ストレートに相手を観察することです。

ありのまま、「人物」を観察することです。きっとあなたも赤の他人を見るときは、冷静にしっかりと観察されているはずです。そういった目で、自分のパートナーをご覧になってみてください。

そうすれば、必ず相手の本当の目的がわかると思います。おそらくですが、覗きこんだ相手の心の中に、本人の未来はなく、家族の幸せもなく、またあなたへの愛さえもないことでしょう。私はそのことに早く気づいていただきたいのです…。

繰り返しますが、依存症ギャンブラーの目的はただ一つ、自分がギャンブルし続けるということだけです。またその目的のためなら、鬼にもなりますし、ウソもつくといえるのです。

ではそういったパートナーに対し、あなたができることは何でしょうか? それは簡単なことです。愛を持って放置してください。

次回は「愛のある放置」について書かせていただきます。

シリーズ共依存 イネイブリング克服への道とは(その1)

こんばんは、タカビーです。

IMG_3337_R最近ちょくちょく、「料理の記事は書かないのですか?」というお便りを頂戴します。大した記事を書いているわけでもないのに、そういってくださる方がいらっしゃるのはとても嬉しいことです。

料理ネタは今、主にFACEBOOKで書いているんですが、うーーーん…。ここまで更新頻度が下がったブログでお料理の記事を書くと、なんだか本末転倒になりそうで怖いです(笑

IMG_3355_R冗談抜きで、備忘録を兼ねて料理ブログを書こうかなどとも思っています。これ以上ブログを持つのもちょっと負担なのですが(7つ所有)、気楽に書くならそれもいいかなと思っています。

さて今夜から2回にわたって、イネイブリングの克服法について書いてみたいと思います。


イネイブリングも依存なんだが

先の記事でイネイブラーの否認の強さと自覚のなさについて書いたが、結局、イネイブリングも依存の一種であるということがわかっていない人って多いんだな。

イネイブリング(共依存)は特定の人物に対し依存することである。つまりイネイブリングも依存の一種であるということだ。ただし通常の依存とイネイブリングとでは、大きな違いが一つある。それは「依存の対象と別れるという選択を 取ることができない場合がある」ということである。

ギャンブルにせよアルコールにせよ、依存である限りその対象と別れることが解決への必須条件であり克服への一本道である。だがイネイブリングに関しては、それ以外の方法で解決せねばならない場合も多いということだ。

また逆にいえばイネイブラーは、「依存している人物と別れたとしても また似たような人物と一緒になってしまいやすい」という特徴を持っている。

依存者(イネイブラーのパートナー)にとってイネイブラーとの別れが一つの「解決」であったとしても、それは必ずしもイネイブラー自身の問題が解決したとはいえない。

ここにイネイブリング克服の難しさと、問題の根深さがあるといえるだろう…。



■おさらいですが(イネイブラーの資質) 

イネイブラーの特徴として、それまで自分がされてきたことを一部の人に対し繰り返すというものがあります。このことは「負の連鎖」という言葉で表現されることが多いですが、ようは自分が過ごしてきた家で経験したことをパートナーに当てはめて実行しようとするわけです。負の連鎖とは…

・ネグレクト
・虐待
・モラハラ
・パワハラ
・甘やかせ
・干渉

なども勿論ですが、意外と多いのが家庭内での悪しき家族関係です。特に自分の父と母の関係を模倣する人が多く、依存者がいる家庭で育った女の子はイネイブラーである母親を手本にする可能性が高いと思います。

また、そういった家庭内で育った子は十分な愛情を受けていない場合が多く、AC(アダルトチャイルド)になったり、後々人間関係で躓いたりするケースがよく見られます。

つまりイネイブラーの多くは突然イネイブラーになったわけではなく、それまでに育ってきた環境のせいで、そういった資質を受け継いできたといえるでしょう。


■克服は自身を変えること その為に必要なこと

ここまで書いていえることは、イネイブリングは依存者自身(イネイブラー本人)が変わることでしか解決できないということです。ですが、それはそう簡単な道ではありません。

自身の問題を否定し、依存を否認し、なおかつパートナーにのみ問題があると頑なに考え続けているのがイネイブラーです。仮に自覚という入口に辿りつけたとしても、どこから手を付ければよいかわからず、きっと途方に暮れることでしょう。

ではどうすればよいのでしょうか? ヒントはその人自身の中にあります。つまり、あなた自身が大きなヒントだといえるのです…。

ややこしいことばかり書いても始まりませんので簡単に書くと、まず自分がどのように生きてきたかしっかりと思い出すということです。思い出すというよりは、「新たに知る」という表現の方が正しいかもしれません。

今までの生きてきた自分自身を第三者と考え、今の自分の目で観察しそして言葉にすればよいのです。ありのままに。つまり小説でいえば、「私は」ではなく「あなたは」と書き出していけばよいということです。

壮大な自分史を書くことを目標に頑張ってみるのも良いですが、全ての自分史を書く必要はありません。コツとしては、時代ごとのエピソードを中心にして書いていくことです。そうすれば書き進めるうちに、蘇る記憶が多くなることでしょう

このことを「自分の棚卸」といいます。やり始めるとわかりますが、とてつもなく心が痛む作業です。ですがやるしかないのです…。自分が起こしている問題を解決するために必要なことは、まず自分のことをしっかりと知るということなのです。

「自分の棚卸」はイネイブリング克服の為に必須の作業であるといえるでしょう。

次回は、日常でもできる簡単なマインド矯正法について書いてみます。

シリーズ共依存 イネイブリングの自覚とイネイブラーの特徴

こんばんは、タカビーです。

今日久しぶりに近所のセブンイレブンに行ったら、なんと雑誌全て(というか書籍全部)が紐で縛られており、立ち読みできない状態になっていました。

これが全国的なものなのか、それとも我が家の近所の店舗だけなのかはわかりませんが、私は立ち読み禁止に対して賛成です。

考えてみればコンビニというものは便利な反面、青少年の育成に良い影響を与えてきたとはいえません。特にパチ・スロ雑誌やアダルト本などの立ち読みは、少なからず悪い影響を及ぼしてきたと思います。

私は近所のセブンイレブンのように、立ち読みを禁止する店舗が増えることに賛成ですね。

さて今夜は、イネイブリングの自覚と特徴についてです。あくまで私が今まで接してきた方たちがモデルなので、その点についてはご了承ください。


自覚なしがイネイブラーの特徴

1885386951_2d76c0d30e_mイネイブラーの特徴として一番に思いつくのが、「自覚しない」ということだ。パートナーや家族の依存問題で相談先を探してイネイブリングという言葉に出会う人が殆どだろうから、まあ無理もない話である。

だが最近はインターネットが普及した。相談する前にイネイブリングについて予習して来られる方が多い。

そういった方は先にけん制して、イネイブリングについてはそこそこ調べてきたというような話をされる。そして「私は本人に お金を手渡していません」とクギを刺す場合が多い。

裏を返せば、「私はイネイブラーではありません そのことを先に言っておきます」というわけである。

ところが、いろいろと話を聞くうち徐々に、イネイブラーの特徴というものがボロボロと現れてくる。まずそういった方は、自分のパートナー(特に亭主)をボロクソにいう。自分のやってきたこと、努力してきたことについて語り始める。

そしてそれまでにやってきたことの問題点を指摘すると、態度を急変させる…。自分がしてきたことを強調しようと躍起になる方が多いように感じるが、ようは褒められたい願望である。

ハッキリといって、そういった方の願望を満たしながら問題を解決することは不可能である。時間も手間も、そしてお金も惜しいと思うが、何より問題を解決させる最初の部分でスタックしていることにも気付かないことが気の毒でならない…。

本人の行動に一喜一憂しやすいのもイネイブラーの特徴である。彼女たちは根本的に変えることをせず、アドバイスしてもらったことをほんのひと匙くらい加味し実行する。

当然効果がなく、我慢しきれず従来通りのやり方に戻す。そして本人の一言やちょっとした行動に浮かれ、せっかく相談にいってアドバイスを貰っても「私の方法が正しい」とばかり、次は相談した相手を攻撃し始めるのである。



■イネイブラーの判定

イネイブラー(共依存)についての判定はいろいろとあると思います。過去に、次のような質問票を用意したことがありました。(該当項目が多ければ 要注意)

・とかく問題のある人物と一緒になる傾向がある
・褒められたい願望が強い
・過去の人間関係の過ちを繰り返す傾向がある
・相手(依存者)にひとこと言わないと気が済まない
・世話をしないと気が済まない
・他人からの評判が気になって仕方がない
・放置することができない
・ねだられるとすぐに与えてしまう
・相手を束縛することが多い
・相手を世話することにのみ自分の存在感があると感じる
・相手の失敗や問題は自分の責任であると考える


■イネイブラーに共通する特徴

私は今までに多くのイネイブラーと接してまいりましたが、次のようなことを感じることが多かったです。

・依存者と別れないということが大前提となっている
・ことあるごとに本人(依存者)の悪口を言う
・自分の主義主張に反論されると態度を急変させる
・自分に同意してくれる人が現れるまで ひたすら悩みさすらい続ける
・プライドは高いが 心の底に強い劣等感を持っている
・「あなた自身が 依存する原因の一つ」と言われると逆上する
・質問(相談)する時 あらかじめその答えを用意している
・自分が用意した答えへの同意を渇望している
・自分を褒めてもらえるように話をすり替える
・自分の意見に反論されると態度を急変させる
・自信のある分野については一切妥協しない
・飼育者願望がある(依存者の世話をすることが 一つの楽しみになっている)
・自分と依存者との境界線があいまいである
・依存者を前にして 自分が主語の会話をしない
・甘えさせる反面 モラハラなどの虐待もする


■イネイブリングの克服もまずは自覚から

以前の記事でも書きましたが、イネイブラーは依存の否定が強く少々のことでは自覚しません。おそらくですが、金銭問題など顕著な問題が発生しないことが大きいのでしょう。

ですが、ここは謙虚にご自分がイネイブラーかどうか判定してみることをお勧めします。次にイネイブリング判定のスクリーニングテストをリンクしておきます。

共依存スクリーニングテスト

こういった機械的な方法の方が、第三者に指摘されるよりも気分的に楽でしょう。

イネイブラーは自分の欲求を満たそうとしているだけでなく、依存者に対し裸足で土下座し続けているようなものです。そのような状態で過ごしている限り、決して問題は解決しません。

一刻も早く自覚し、問題の解決に取り組んでいただきたいと思います。

次回はイネイブリングの克服法について、簡単にまとめてみます。

シリーズ共依存 自覚できないイネイブラーたち

おはようございます、タカビーです。

今現在このブログは検索順位が落ち、一日の平均訪問者がおよそ200〜300名くらいです。ですがそのわりに、相談メールはそこそこ来るので不思議です。

相談される方のうち6割くらいは依存者です。4割くらいは依存者の家族・恋人といった「いわゆる関係者さん」からなのですが、最近なかなかイネイブリング(共依存)への理解が得られず困っています。

ということで、今夜から何回か共依存について書いていこうと思います。


依存者だけの責任ではありません

3181287865_63c43ee436などとひとことでも言うと、途端にムッとした態度になる。「あなた自身にも問題が…」などと言い出そうものなら、それこそブチ切れて目に憎悪の火がともる。

それでも言葉で反論してくれる人はまだ幸いだ。殆どの人はそのまま何の音沙汰もなく、別の相談先を探しに出かけてしまう。勿論、メールの場合、返信がプツリと来なくなる…。

そういう態度に出る人は殆どが、男性パートナーの依存に手を焼く主婦か恋人、もしくは母親という立場の人たちである。彼女たちは自分自身が用意した回答を胸に抱きながら、それを言葉にしてくれる相手に巡り会うまでさすらい続けているといえるだろう。

殆どの場合その「回答」とは「パートナーと別れずに頑張りなさい あなたがやってきたことは本当に偉大で素晴らしいことでしたよ」という偽りの肯定と自己満足、そして過去に対する賞賛とねぎらいの言葉である…。

さすらいのクランケではないが、そういう言葉をかけてくれる相手に巡り会い感激で目を潤ませるまで、彼女たちの旅は続くのである。



■入口は家族やパートナーの依存

そもそもイネイブラーというのは、自身が心の中に大きな問題を持っている人達です。しかしながらその問題自体はなかなか現れにくく、すぐに害をもたらすということがありません。

どちらかといえば、本人よりも家族やパートナーが問題を起こしたときに発覚することが多いです。一方でイネイブリングは依存、特にアルコール依存とギャンブル依存と密接な関係があり、多くの厄介な問題を引き起こす原因となっています。

だからでしょうか、私の元へ相談に来られるイネイブラーも殆ど「家族やパートナーのギャンブル依存」が入口となっています。依存者と本人との間柄については、その殆どが「妻と夫 恋人同士 母と子」というものです。

どのようなケースであれ、そういった方の殆どは「問題は相手にある」と頑なに考えているので、自分自身の心の問題などに触れられるとかなり激しい拒絶反応を起こします。


■最も酷い否認の病

冒頭で書きましたがイネイブリングには、「問題の発覚が自分ではなく相手からなので、自らの問題に気づきにくい」という特徴があります。

また普段から本人は、「私が家族の面倒を見ている 私は頼もしい存在なんだ」と自覚しています。ですから、自分の行動に問題があるなどとは夢にも思わないというのが、殆どのケースです。

これらの理由から、イネイブリングは最も酷い否認の病であるといえるでしょう。一番私が厄介だと感じている部分です。

ですがここで間違いないのは、イネイブリングが解決しないと家族やパートナーの依存問題も解決しないということです。以前に私は「イネイブラーと依存者のコンビは不幸の方程式である」と書きました。

やはりここは、自らの問題を直視し依存の自覚を優先すべきです。イネイブラーといえど自覚は、ほんの入り口にすぎません。

仮に自覚できたとしても問題が解決するまで、まだまだ長い道のりが続くのです…。

次回はイネイブラーの特徴と自覚についておさらいしようと思います。
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