ギャンブル依存症克服への道 〜パチンコ依存症・スロット依存症・断ギャンブル道場です!〜

ギャンブル依存症を治療し、快復・克服することは大変困難です。どうぞ遠慮なくご相談ください。ここでは、生活環境と生活習慣を改善してギャンブル依存症を克服する方法を、お金の専門家FPがご提供いたします。やめさせたいあなたも、ぜひどうぞ! 

パチ・スロを趣味にできない理由

こんにちは、タカビーです。

7年後のオリンピック開催都市が東京に決まりました。この影響でゼネコン関係の株価が値上がりしたり、各地で催し物が開かれたりとお祭り気分なのですが、どうも最近私はオリンピック招致を手放しで喜べなくなってきています。

例えば先日NHKでは、今回のオリンピック招致に必要だったロビー活動を、東京の誘致団のドキュメントを通じてつぶさに報じていました。実際に巷では、「東京のプレゼンは最高だった」という声も聞かれます。

オリンピック開催都市を決定するには、最終的にIOC委員と呼ばれるエラい方々(貴族や王族・資産家など 殆どがセレブたち)の決選投票を経なければなりません。今回東京のオリンピック招致委員たちは、巨額の予算を使ってそういった人たちと頻繁に接触・交流し、自らの国の候補地を開催都市にするため活動したのです。

そういった話を聞くと、どうもオリンピックを開催する意義・目的がわからなくなります。個人的にはオリンピック開催地が金や人間関係で決まるというのは、どうもいただけないように感じます。東京に決定したのは日本にとって喜ばしいことですが、開催都市や競技種目の決定は莫大な予算の元に成り立っています。今後見直す点があるのではないでしょうか…。

ただし過去に遡れば、東京オリンピックに照準を合わせて新幹線や首都高速が整備されたことも事実です。今後の経済効果・インフラ整備を期待したいと思います。


履歴書に書けない理由

IMG_3198企業などに提出する履歴書に、正面切って「私の趣味はパチンコ・スロット」などと書く勇気ある人は少ないだろう。というか、居るわけがないのである。

パチ・スロというものは社員の職務怠慢と勤労意欲低下、そして金銭問題と大きなかかわりがある。企業側が、それらのものを好む人物を採用したくないのは当然だ。バクチによる使い込みや不正など、表沙汰にこそならないが、実際は星の数ほど存在するのである。

だからこそ、パチ・スロというものは表だって趣味と明かせないブラックなものといえる。だが実際は裏だけではない。本当に「パチ・スロが趣味」になり得るかどうかは、甚だ疑問なことなのである…。

もしもあなたの周囲に「俺の趣味は パチ・スロだ!」などとのたまう方がいるとすれば、遅かれ早かれその人は破滅すると思っていいだろう…。



■そもそも趣味ってなんだ?

よく世間では「趣味の範囲で」などという言葉が使われます。ですがこの「範囲」という言葉の意味は何でしょうか? おそらくこの言葉の中に込められている意味とは、「やり過ぎることを諌める」ことだと私は思うのです。

つまり趣味であるならば節度をわきまえ、そこそこのところでおやめなさいということなのです。逆にいえば、それが叶わなくなった時点で趣味ではないということなのでしょう。

つまり趣味という言葉の中には「コントロールしてすべきである」という意味が込められているのです。


■パチ・スロを趣味にできない理由

さて本論に移りますが、パチ・スロというものは趣味として成り立ちにくいものであるということです。勿論、ちょっとした時間つぶしとしてパチ・スロを遊ぶことはできます。

ですが果たして、自分の趣味として付き合える代物かといえば、大きな問題があるということです。パチ・スロが趣味になりにくい理由としては、次のようなものがあるでしょう。

1.1回の遊戯で使う金額が大きすぎる

:こういったことを書けば「1パチとか5スロなら大丈夫だよ」などという方がいますが そもそもパチ・スロには還元率の縛りがありません

1パチや5スロは還元率が激低に設定されているため 通常レートと同じくらいヤラれる場合が多いです 1時間遊戯すれば4000円から5000円使うと考えた方が良いでしょう

2.至る所で営業しているため ついついやってしまう

:ギャンブルとしての敷居が低いため 他の仕事などよりも優先してやってしまいます

3.演出や確変など やめ時が難しく 時間を浪費しやすい

:その割に やめにくい遊戯性なので やり過ぎになりがちです

4.以上のような理由からパチ・スロは 依存しやすく ネグレクトや多重債務者など社会的問題を多く生み続けています

いかがでしょうか? 「趣味の範囲なら…」などといわれる方も多いのですが、ことパチ・スロに関してはそうも言っていられないような気がします。

そしてお子様をお持ちのあなた…。「パチ・スロを始めること=依存である」場合も多いということをどうぞお忘れなく。断パチ教育は早くするに越したことがありません。

ギャンブルに依存するメカニズム その2

こんにちは、タカビーです。

IMG_2354_R今年は猛暑であるにもかかわらず、節電という言葉をあまり聞かなかったように感じます。

電力供給への不安が聞かれなくなった理由について、一部新聞などは「消費者の節電意識が定着した」とか「震災の後 切電に取り組んだ効果が上がり始めたため」などと書いています。

ですがこの猛暑の中、我が家などは例年になくガンガンとエアコンを効かしていましたし、周辺の世帯でも節電意識が薄れているという印象を持ちました。

そして何よりも今年は、電力会社や政府筋などから、市民に対し節電を依頼する様な働きかけが見られなかったように思いました。


震災の年などに聞かれた「原発を止めると 電力供給はどうにもならない」「計画停電だ!」などといった、あの騒ぎはいったい何だったのでしょうね。

これでまた一つ、原発を稼働させる理由が減ったように感じます。


依存を自覚するとは

ボクはかねがね、ギャンブル依存症を克服するには3つのSTEPが必要だと言っている。3つのSTEPとは次のとおりである…

・依存を自覚する
・生活環境と生活習慣を変える
・人間関係を構築する

これら3つはどれもが克服するために大切なことだが、「依存の自覚」について少し誤解している人がいるようなので書いておく。

「依存を自覚する」とは、「自らがギャンブルに依存していると 正しく理解する」ということである。「自分のせいで問題が生じてしまった」と感じているだけでは自覚といえない。もう一ついえば、負けた時だけの反省など何の役にも立たないといえるだろう…。

GAの言葉を借りれば依存の自覚とは「ギャンブルに対する自らの無力を知る」ということである。そしてそれは「今後 自分がギャンブルすることを 一生諦める」ということに他ならない。

ギャンブル依存症克服への道は、諦めるための旅でもあるのだ。



■依存の回路に存在する2つの悪しきマインド

さて私は、前回の記事で…

>依存のメカニズムに、金銭感覚のマヒによる2つの重大な錯覚が存在するということは先に書いた通りですが、さてどうすればこれらの錯覚から抜け出すことができるのでしょうか?

と書きました。「金銭感覚のマヒによる2つの重大な錯覚」とは次の2つです。

・ギャンブルで得たお金をあてにする
・ギャンブルで失ったお金を取り戻せると思う


これら2つのマインドは、まさにギャンブル依存症の根源ともいえる重大なものです。今までにいろいろな人が様々なところでギャンブル依存症について書かれていますが、これらのマインドについて踏み込んだ考察をされた方はいませんでした。

また私自身も当初、何が原因となってこれらのマインドが依存症ギャンブラーに備わってしまうのかはわかりませんでした。

私が依存症ギャンブラーが持つこれらの悪しきマインドに、金銭に対する感情が大きくかかわっていると気付いたのは5年ほど前のことです。


■感情に火を点けるのがギャンブルへの依存

ギャンブル依存症には、他の依存では見られない特徴があります。それは「悔しさや射幸心といった感情が 依存を牽引し長期化させている」ということです。

酒やたばこなどの依存にはこれらの感情が存在しません。ヤケ酒とはいいますが、あれは酒を飲むきっかけを指しているものです。酒自体が悔しくて飲酒を繰り返す人などいないでしょう。

ところがギャンブルは違います。負けて金を失った悔しさや、大金を容易に手にした喜びなどが、感情に火を点けてしまうのです。

勿論、パチンコやスロットという遊戯自体にも楽しさがあり喜びがあり、また悔しさがあることは事実でしょう。ですがそれが遊戯を飛び越えて自分の生活を脅かし、人生を左右するほど大問題になるということが、ギャンブル依存症における特徴であり恐ろしさなのです。

ギャンブル依存症が感情を燃え上がらせるのは、ギャンブルそのものが唯一お金を対象にする遊びだからです。


■依存の回路に終止符を打ちこむためには

金銭感覚がマヒして射幸心の虜になったり、帰って来る筈もない金に執念を燃やして偽りの正義感を持ち続けたりする依存症ギャンブラー…。

それらの錯覚を無くし依存の回路に終止符を打つには、一体どうすればよいのでしょうか? 私は特効薬などないと思います。

ですが即効ではないものの、有効である物が一つだけあります。それは時間です。

ギャンブルしない時間を持ち続けるだけで、確実に金銭感覚は正常に戻っていきます。そういった期間を私は「毒抜き」と呼んでいますが、時間による効用はただそれだけでありません。

時間を稼ぎパチ・スロやその他のギャンブルとかかわらなければ、それまで特定の遊技場と結んでいた関係も徐々に薄れていくのです。

例えばパチンコなどの場合、依存症ギャンブラーと行きつけの店との関係は深く、本人はいつまでたってもその店の機械のことが忘れられなかったりします。

また大勝ちした記憶やそれまでに失った金への恨みなども、常に持ち続けているもので、そういった好ましくない記憶から解放されるには「時間に解決してもらう」しかないのです。

依存の回路に終止符を打ちこむためには、とにかく時間を稼ぐことです。そしてそのためにも、断している日数をちゃんとカウントされることをお勧めします。

ただし時間を稼ぐ間に、仲間と交流し生活環境と生活習慣を変えることをお忘れなく。

ギャンブルに依存するメカニズム その1

こんにちは、タカビーです。この写真は我が家で咲いたハイビスカスです(笑 これは4輪ですが、今朝は5輪も咲いていて驚きました。

IMG_3101_Rまたまたお久しぶりになってしまいました。

更新する頻度が下がると、最初の頃は「久しぶりの更新になります」などと言って書き始めるのですが、更新しない日がどんどん続き始めると、今度はそういった言い訳もできなくなってきます。

で、「久しぶりに書くんだから ピカピカに光った記事を書こう!」とばかり張り切ると、今度は空回りが大きくなります。ぶっちゃけ、ちゃんとした文章が書けなくなっているのですわ。

久しぶりの更新で、まさかオチャラケた記事も書けないし、これは困りますね。最近陥ったスランプみたいなものでしょうか。

毎日更新していた頃は気付かなかったですが、こうして壁にぶつかると、更新間隔が長くなって消えていくブロガーの気持ちもなんとなくわかりました。

ブログというものはサークルやクラブのようなもので、欠席が多くなると敷居が高くなり戻りづらくなるようです。


オフ会で気付くこと

先日、掲示板のオフ会に参加させていただいた。

ギャンブルに依存した人たちと、コンサルやオフ会、その他いろいろな催しなどでお会いすると、いつも感じることがある。

それはお会いした人たちが、本当にどこにでもいるような平凡な市民であるということだ。というかそういった人たちの外見からは、ギャンブラー特有のあの萎んだ雰囲気が一切伝わってこないのである。

だが、ひとたび言葉を交わすと、聞くも無残な経験がポロポロと出てくる。外見とその人が経験したこととのギャップがあまりにも大きくて、思わず考え込んでしまうほどである。

普通に、平凡に、そして幸せに暮らせている筈の市民が、賭けることを覚え依存してしまうと、全てを手放さねばならないほど深刻な問題を抱え込んでしまう…。

そういった事実を知るたびに、ボクは怒りを覚える。今の日本、不況だデフレだというが、実際ギャンブルによって損なわれている生産力というものは計り知れない。

政治家たちも本当に日本の再生を目指すのであれば、まずはギャンブルの在り方について議論し対策を講じるべきであろう。

ギャンブルへの依存というものは、日常生活の中に潜んでいる地雷のようなものなのである。地雷が撒かれていることを知りながら放置している人達は、真の愛国者ではない。



■「弱い」が先か「依存」が先か

先日、私の元へ届いた相談メールの中に「弱い人間を立て直すにはどうしたら良いでしょうか?」という質問がありました。私は次のように回答したのですが、「弱い」が先か「依存」が先かというのは、意外と重要な問題だと思うのです。

質問にお答えいたします。

あなたはご自分のことを「弱い人間」とお書きです。ですがあなたが弱い人間なのではなく、「あなたはパチ・スロに依存したせいで 弱くなってしまった」というのが真実でしょう…。

ギャンブルに依存すれば、誰もが人格を落としウソをつくようになります。そうなるのは、ギャンブル依存に一定のメカニズムがあるからです。


この方の場合、前後の文章からそう判断して依存が先と書いたのですが、自分のことを根性なしだとか考えている方の殆どが、実際はギャンブルへの依存が原因でそうなってしまっているようです。


■ギャンブル依存のメカニズム

ギャンブルへの依存は依存していく過程に一定のパターンがあります。それを私はメカニズムなどと書きましたが、正直ギャンブル依存症に金銭問題がなければ、ここまで世間を脅かせるものにはならないし、社会的問題にもならなかったということです。

そのメカニズムとは、金銭問題を引き起こしながら本人が人格を下げ続け、どんどんと依存がエスカレートしていくというものです。

つまりギャンブルへの依存は、金銭問題が発生し深刻化することで進行し、より酷い状況を形作っていくということです。

また他の依存と比べ、ギャンブルへの依存が格段に金銭問題を引き起こしやすいということは周知の事実であり、それが「依存しやすく 克服しにくい環境」を生んでいることは間違いないでしょう。

入口は広く、出口は限りなく狭い。ギャンブルへの依存が多くの一般市民を巻き込み一向に減らない理由は、このあたりにあるようです。


■増やしたい 取り戻したい

「どうしてもやめることができない」と、メールで書いてこられる方が多いです。

衝動が起きた時、なぜパチンコ店に行きたくなるのか、その時の心境を聞くと、次の3通りのうちいずれかを回答される場合が多いです。

1.お金を増やしたい

2.お金を取り戻したい

3.行かないと落ち着かない

3.の「行かないと落ち着かない」というのは多くの場合、パチ屋通いが習慣となっていることが原因です。これは習慣性依存というもので、ギャンブルすることが習慣となってしまったことが原因で依存してしまったケースです。

1.2.の場合は、金銭問題が依存を牽引している場合が多く、依存症ギャンブラー特有の金銭感覚といえるでしょう。

つまり、実際には金を失い続けているにもかかわらず泡沫ともいえる勝ち金にボナンザの夢を託したり、どのようなことをしても埋め合わせることなどできない大金を失ったにもかかわらず、それをギャンブルで取り戻そうとしたりするということです。

そしてそういった誤ったマインドが定着すると、依存症ギャンブラーは自らが行っている行為を正当化したり、挙句の果てはそれが義務だと錯覚したりしてしまうのです。


■依存の回路に終止符を打つ

依存のメカニズムに、金銭感覚のマヒによる2つの重大な錯覚が存在するということは先に書いた通りですが、さてどうすればこれらの錯覚から抜け出すことができるのでしょうか?

この続きは次回にお届けしたいと思います。

感情に支配された社会は 人類滅亡の危機を背負っている

2407406479_3174c6cf07_mこんばんは、タカビーです。更新をサボっていたら、いつの間にか投票日になってしまいました。ちょっと手遅れになってしまったので、他の話題で投稿させていただきます。

今夜は「感情」についてのお話です。


感情優先の兆候

最近気になることが一つある。それは「感情で決めていることが 多くなってきてはいないだろうか?」ということだ。

例えば若い人たちの話を聞いても、感情を表に出す言葉が増えたように感じる。

・ウザい
・ダルい
・キモい
・面倒くさい
・ムカつく…

これらの言葉の中には、気持ちの説明や意見の共有といったものが見当たらない。なぜならこれらが単に自己の感情を表に出す為のものであって、誰かと気持ちを分かち合ったり確かめ合ったりする目的で使う言葉ではないからである。いってみれば、感情の塊である…。

例えば「あの花は 美しいですね!」と誰かに話しかけることはあっても「あの花は ウザいですね」と言う人は殆どいないような気がする。ただ「ウザい」という感情を相手に伝えるだけならば、「ウザ!」のひとことで足りるだろう。

こういった言葉には、相手の意見や気持ちをくみ取るとか思いやるとかいった気配が微塵も感じられない。そこにあるのは、単に自分の感情を吐き出して満足したいという欲望だけである…。



■人の感情は48種類ある

人は感情の生き物と呼ばれています。実際に人が持つ感情は48種類存在し、一般的には次の3種類に分類できるといわれています。(スピノーザによる感情の分類)

・外部の原因によるもの
 
1.欲望
2.喜び
3.悲しみ   
4.驚異    
5.軽蔑
6.愛     
7.憎しみ
8.好感   
9.反撥
10.帰依
11.嘲弄
12.希望   
13.恐怖
14.安堵   
15.絶望 
16.歓喜   
17.落胆
18.憐憫
19.好意   
20.憤慨
21.買いかぶり
22.見くびり
23.ねたみ 
24.同情 
 
・内部の原因によるもの

25.自己満足 
26.謙遜 
27.後悔
28.高慢   
29.自卑 
30.名誉   
31.恥辱 
  
・欲望

32.思慕 
33.競争心 
34.感謝謝恩 
35.慈悲心     
36.怒り 
37.復讐心 
38.残忍   
39.臆病
40.大胆   
41.小心
42.恐慌
43.鄭重 
44.名誉欲 
45.美味欲 
46.飲酒欲 
47.貪欲 
48.情欲

しかもこれらの感情は殆どの場合1つだけで存在するわけでなく、いくつかが心の中に混在することがわかっています。また、存在する感情の中の一つが弱くなると、他の物が強くなったりすることも知られており、人間の感情がいかに複雑であるか推測できるように思います。


■感情は甘い果実

さてここまで書いてきましたが、なぜ我々は、時として感情に支配されてしまうのでしょうか? 日常生活は勿論のこと、ネット上を見ていてもすぐ感情を暴発させてしまう人が多いようです。

経験上、私は感情が「酔いやすく 心地よい」ものであるということを知っています。今まで生きてきて感じるのは、「人間にとって感情というものは 甘い果実のようなものである」ということです。

なぜなら感情のおもむくままに行動することは、多くの場合大きな喜びや満足をもたらすものだからです。たとえば涙というものはどうでしょうか? 

涙は悲しいから流すものではなく、悲しさを忘れる為に流すものといえるでしょう。人は涙を流すことによって感情を表に出して爆発させ、そして悲しみを乗り越えることができるのです。涙を流すとなぜかリラックスできるのは、こういったことに原因があるのかもしれません。

笑いにせよ涙にせよ、感情を表に発散する行為は人間にとって大きな快感や満足、そして幸福感を得るために必要なものです。


■感情は ぶつかり合うもの

ところが日常生活を続けていると、我々は感情だけで生きていけないことに気づきます。なぜなら感情というものは、その人のみを支配するものであり、周囲の人たちにとって理解できない場合が多いからです。

それに感情というものは、時として大きくぶつかり合います。特に憎しみというものは、激しくぶつかり合う場合が多いです。

感情に支配されている状態では、殆どの場合自己中心的な行動をとるということです。そういった状態の中で揉め事が絶えないのは、容易に想像できることでしょう。


■感情はまた 簡単な表現の一つでもある

また感情というものに支配されると、考えるというSTEPを経ないで行動する場合が多いことも忘れてはなりません。

感情を表に出すという行為は実に簡単であり、また一つの表現ではあるのですが、しっかり考えるという過程が存在しないため、トラブルとなりやすいのです。掲示板などが荒れるのも、表現として感情が選択されたことが引き金となる場合が多いです。

感情で子育てはできません。感情で人間関係は培えません。勿論感情だけでは、社会そのものが成り立たないでしょう。感情の暴走は時として大きな事件の引き金となり、悲惨な結末を呼ぶことが多いです。

ここ数年、ナショナリズムの台頭で隣国に対する感情が昂ぶってきています。感情で決まる選挙や政治は恐ろしいものです。近年、国の重要な政策も感情で決める風潮が出来つつあるように感じます。

戦争という悲劇の原因は多くの場合、他民族に対する憎しみや差別といった感情です。「感情が支配する社会は 人類滅亡の危機を背負っている」と感じるのは、この私だけでしょうか…。

無責任の時代 その2

こんばんは、タカビーです。

無責任の時代というお題で書かせていただき、間が開きました。今夜は続きを書かせていただこうと思います。


無責任な民衆に 無責任な政治家あり

このブログで何度か書いてきたが、今大阪府は「起債許可団体」に転落し財政破たんする一歩手前の状態である。

メディアは積極的にこのことを伝えようとしない。だが、超ヤバい状態であることは確かである。ところが…

我々の税金やパチンコ産業などの資金を使って大阪にカジノを誘致し、それに再生を託そうとする連中がいるのである。またそういった行為を前向きに検討する議員団が存在する。また、カジノ合法化を推進しようとする政府関係者もいるのである。ざっくばらんな話、安倍晋三首相自身がカジノ議連の最高顧問なのだ。

なぜカジノ誘致が良くないのかについては、このブログで今までに何度も書いてきた。またボクはBLOGOSなどの意見交換サイトでも、カジノ誘致反対の立場から意見投稿してきている。ところが、いまだに誘致賛成派からちゃんとした反論を頂戴したことがないのである。

カジノというものは立地条件その他の要素によって、成功するかどうかが大変見極めにくい。しかも着工してから営業できるまでに数年かかり、なおかつそれまでにいくつものインフラを整備せねばならない。

正直な話、大阪にカジノを誘致するとしても、営業する前に大阪が破たんする可能性さえある。しかも犯罪や依存などの社会問題が増えるのは確実であり、大阪にカジノを作るなど、これ以上ない無責任だとボクは考えるのだ。

しかしながら、そういった法案を通そうとしている人達を首長にしたり政界に送り込んだのは我々である。「無責任な民衆に無責任な政治家あり」というのが実状ではないだろうか…。

破綻寸前の自治体に、市民を破綻させるものを作ってどうするのか? だが嘆かわしいことに、こういった小学生でもわかる理屈さえ理解できない人たちが多い。我々市民・府民も、反省すべき点が多いのである。



■ギャンブルへの依存は 究極の無責任

さて前置きが長くなりましたが、今夜の本題は「ギャンブルへの依存は 究極の無責任である」ということです。

よく考えてみれば、ギャンブルほど無責任な遊びはないでしょう。なぜなら、「ギャンブルが 偶然の産物に金品を賭ける遊戯である」からです。

もう一ついえば、ギャンブルのこういった性質が、プレイヤーを堕落させ、無責任な人物にしてしまう可能性があるということです。つまり、無責任な遊びをずっとしていれば、無責任な人間になって当然だというわけです。

無責任な遊びに依存してしまった人物が依存症ギャンブラーです。そういった人物がどのような行動をとるのかは、容易に想像できることでしょう。


■依存症ギャンブラーのマインドは 無責任が基本

・ギャンブルで得たお金をあてにする
・ギャンブルで失ったお金を取り戻そうとする

これら2つは、依存症ギャンブラー特有の悪しきマインドです。どちらも実現する可能性が乏しく、また良い結果をもたらすものではありません。それどころかこれらのマインドが定着してしまうと、投資と借金を交互に繰り返す地獄のループに陥り、やがて破綻が訪れます。

しかしながら依存症ギャンブラーは、ほんのわずかな可能性に賭けて投資し続けるのです。なぜでしょうか? 常識的に考えてみれば、絶対に勝てない、取り戻せない、と分かっているにもかかわらず、なぜ彼らは毎日金を捨てに行くのでしょうか?

よく考えれば、これら2つのマインドに陥った人物は責任感などというものを持ち合わせていません。自らの金を失いつくし、家の金を持ち去り、最後は多大な借金を残して破滅するだけです。また逆に、これらの考え方に支配されだすと、ギャンブルへの依存が始まったといえるでしょう。

ギャンブルへの依存とは逃避であるばかりではなく、究極の無責任ではないかと私は思います。その根底にあるのは刹那主義であり、自分ばかりが都合よく生きようとするエゴイズムです。

良く考えてみてください。あなたがホールに通っていた頃、出会った人たちのことを。

・彼らは信用に値する人たちでしたか?
・思いやりのある人物だったでしょうか?

そして責任感のある人だったでしょうか?

このことを今思い出すと、私は何度も何度も裏切られた経験ばかりが沸々と湧いてきます。


■GAや掲示板は 人間関係と共に責任を学ぶところでもある

「仲間同士で同じ悩みを共有することは ギャンブル依存症の快復と克服に大きな効果がある」といわれています。いわゆる「集団療法」ですが、そういった効果は人間関係の中で培われるということでもあります。快復と克服には、良好な人間関係の構築が欠かせないのです。

生活環境と生活習慣を変え克服の入り口に立てたとしても、ちゃんとした人間関係を構築できないと、本当の意味での克服と社会復帰はできないと私は考えます。

では良好な人間関係を築くためには、一体どのようなことに気をつければよいのでしょうか?

私は良好な人間関係を築くために必要なものが、責任感と思いやりであると感じます。まず、無責任な人物は誰からも相手にされなくなります。思いやりのない人物は、真の友人に恵まれないでしょう…。

他人のことを思いやり、自分の行動と言動に責任を持つということは、究極の人間関係構築法であり、またギャンブル依存症克服法でもあるのです。


PS 掲示板のあなたへ

感情的な書き込みをタイプし投稿ボタンを押す前に、10秒だけ考える時間を設けていただきたいのです。掲示板を去る前に、一度大きく深呼吸してみることをお勧めします。

そしてそういった行動が、果たして相手と自分の為になるのかどうか考えていただきたいのです…。

幸せになれる権利を、易々と手放さないでください。私から、あなたへのお願いです。

無責任の時代 その1

こんばんは、タカビーです。

WEB以外でやることが多く、ちょっと更新が途切れました。

1268535617_22ea8844fe先日より、掲示板で小さなトラブルが何度かありました。またいつものごとく、誹謗中傷・攻撃的な書き込みというのが原因なのですが、今回はちょっとした気付きがありました。

ということで、今夜は「無責任の時代」というお題で書いてみたいと思います。


責任よりも 割り切りを選ぶのは

先日のことだ。高3の次女が援助を申し出た。なんでも追い出しコンパの会費が3千円必要だという。

確かに高校生の懐から3千円なんて、土台無理なハナシだろう。「なんで高校生がコンパなんじゃ?」などとも思ったが、クラブの行事だというから仕方がない。後々分割で回収するという約束で、立て替えることにしたものの…。

「だが待てよ 家の手伝いをするなら チャラにしてやってもいいじゃないか!」と、つい仏心を出してしまった。

ボクは本人に言った。「家事を手伝うなら 分割チャラでいいよ」と。つまり「家のお手伝いを条件に 分割返済をチャラにする」とボクは彼女に提案したのである。勿論その時は、嬉しそうな顔と共に二つ返事で「ありがとう!」という声が聞けるものと思っていたのだ。

ところが、次に彼女の口から出た言葉は意外なものだった…。

「何 やればいいのん?」そう彼女は少し不満げな顔で言ったのである。ボクは少し驚いたが、彼女にこう言った。

「風呂洗いとか 庭木の水やりとか…」

ボクが彼女にそう告げると彼女は「できるだけする」と答えた。ボクはその「できるだけする」という言葉が気に入らなかった。だからこう言った。

「できるだけじゃなくて 責任もって毎日やってくれないと困る」

すると彼女は即答した。「無理」と。そして毎月500円ずつ6回の分割で支払うというのだった。

その時、私の傍にカミサンもいたわけだが、思わず二人で顔を見合わせてしまった。以前より薄々気づいてはいたけれど、彼女がここまで責任感のない人間に育ってしまったことに驚き果てたのである。



■責任感の無さは堕落の証明

最近、気づいたことがあります。それは「個人の堕落に責任感のなさが 大きくかかわっているのではないか?」ということです。それと、我が家の次女の例を見てもわかりますが、責任よりも割り切りを選ぶのは、どうやら堕落の現れのようです。

・時間を守らない(朝起きない)
・約束を守らない(平気で破る)
・最後までやらない(投げ出す)
・部屋は荒れ放題(片付けができない)
・謝らずに言い訳する
・言ったことを言っていないと言い張る
・論破されると逃げ出す
・すぐに他人を責める
・頼んでいないことには おせっかいを焼きたがる
 
そして彼女は、責任を持つことを何よりも嫌がるようになってしまいました。これらの特徴を見ていると、なんだかどこかの市長そのまんまという気がするのですが、本当に親として情けない限りです。

躾として幼児の頃にちゃんと教えていれば、こうはならなかったかもしれないと後悔していますが、どうやら責任感の無さが原因で堕落するパターンは大人の世界にもあるようです。


■匿名という無責任

例えば「匿名」というものについてはどうでしょうか? インターネットは匿名がスタンダードな世界です。ですが時として匿名という手段は、インターネット上で個人が責任感を喪失するきっかけともなります。

某有名掲示板などの書込みはすべて匿名で行われており、そこは誹謗中傷の書込みで溢れ、乱れた言葉の巣窟となっています。BLOGOSなどの意見交換サイトでも、本人を特定できないのをいいことに乱暴な言葉で他人を攻撃する人が多いです。「これじゃ イジメの現場そのものじゃないか!」などと感じることもしばしばです。

もしもあれらの掲示板での書き込みが、匿名でなく実名ならどうでしょうか? おそらく皆、もっと礼節をわきまえるんじゃないでしょうか。といいましょうか、「匿名を傘に着て言いたい放題」が目的の人ばかり集まる場所なので、そうなれば参加者が激減するといった方が正解かもしれません。

例えばBLOGOSの姉妹サイトであるアゴラは、FACEBOOKかTWITTERからしかコメントできないようになっています。アゴラへ意見を書き込む人はBLOGOSに比べると、かなり少ないです。しかも丁寧な言葉ときれいな日本語で書かれているものが殆どです。

私は結構長くブログをしていますが、失礼なコメントを残す人ほど匿名や、それに類する「通行人」「通りすがり」などといったHNであることが多いです。匿名で荒らす行為は卑怯極まりないのですが、残念なことに減る様子はありません。

そういった人たちも身元の知れているところでは大人しく振舞っているに違いないのですが、匿名になった途端に人格が変わり自分の発言に責任を持たなくなるのでしょうね。何とも悲しい話です。

どうもインターネット上では、利便性の陰に隠れて、匿名というものが個人の堕落に拍車をかけているように感じます。無責任の時代を感じるのは、私だけでしょうか…。

今日はここまでにします。続きは「ギャンブル依存症は 究極の無責任である」というお話です。また時間があるときに書かせていただきますので、どうぞよろしくお願いします。

掲示板に帰ること 戻ってこないあなたへ

泣きながらでもいい
ヤケクソでもいい
汗まみれになっていてもいい
血まみれでもかまわない…

とにかく掲示板に帰ってくることです

スベったらそれで終わりなんて考えてたらダメだ 恥を承知で帰ってきてくださいな  

何度も言ってますが 克服するうえで スリップはどうしても乗り越えないといけない壁なんです 

スリップして当たり前 
しない方ができ過ぎ

だからこそ 我々はスリップした時のことを考えていろいろと対策を取っているんです スリップ報告スレがあるでしょう? あれは懺悔の場でもありますが 絆を確かめ合う場でもあるのです…

諦めないこと
投げ出さないこと
恥を承知で帰ってくること…

スリップして掲示板に戻れなかった人は まず間違いなく再発しています とにかく あれこれ考える前に掲示板へ帰ること! 

きっとあなたが探し求めていた答えが 見つかると思いますよ

経済効果が高い「断パチノミクス」

こんにちは、タカビーです。

国内ばかりか海外にまで知れ渡ったアベノミクスですが、まだまだ脆さを隠しきれません。今回の株価下落、その下落幅はリーマンショック以来で、これは「プチバブルが既にはじけた」といっても決して過言ではないと思います。

そんな状況の中、先月安倍首相が発言した内容に伴い、海外のメディアから「女性の雇用を活用する経済政策」としてアベノミクスならぬウーマノミクスという言葉まで飛び出しました。

>日本の現状をみれば、女性の力で経済を活性化させようとする「ウーマノミクス」の有効性は明らかだ。ゴールドマン・サックス証券のキャシー松井氏によると、女性の就業率は現在約60%。これを男性並みの80%に近づけることで、労働人口は推定約820万人も増加し、国内総生産(GDP)は最大14ポイント底上げされると考えられる。(本日のCNN日本版より引用抜粋)

簡単な話、働く人が増え労働の質が向上すれば、景気が上向くのは間違いありません。では働く人を増やすためにはどうすればよいのでしょうか?

女性の職場進出を支援したり、高齢者の雇用促進を助成するなどが一般的な方法です。

労働の質を向上させるためには、企業ごとに社員の意識を高めることが必要です。また、立派な社会人を養成するための教育も欠かせません。

ですが方法はそれだけでしょうか? 私はもっと有効な方法があると思うのです…。


遊びとバクチの違い

毎年「公益財団法人日本生産性本部」が発行するレジャー白書にはギャンブルのデータが含まれている。つまり、ギャンブルというものは広義でレジャーというジャンルに分類・認識されているといえるだろう。

だがギャンブルは他の遊びと、いろいろな意味で一線を画している。例えば、ギャンブルほど人間の堕落に深くかかわっている遊びなど存在しない。

またギャンブルほど、社会問題を引き起こしやすい遊びもないといえる。そして依存問題だ。本当の意味で依存を引き起こす遊びなんて、おそらくギャンブル以外にはあるまい。



■金だけの損失ではない

そしてもう一つ…

58979228_de34f60dbc_mギャンブルほど売り上げがある遊戯業など存在しないことも、事実だろう。パチンコ産業は売り上げの下落が続いているが、それでもここ数年の売り上げが18兆円規模の産業である。

ではこれらの売り上げは、どのようにして得られたのか? それはプレイヤーが暇の対価として、せっせと業界に貢ぎ続けているということだ。老若男女就業可能人口一人当たり、なんと年間におよそ19万円程度支出している勘定になる。

逆にいえば、それだけのお金がパチンコ産業に流れたのである。だがここで忘れてはならないことが一つある。それは流れ去ったものが金だけではないということだ…。


■「断パチノミクス」によって得られるもの

パチンコ・スロットという遊びをやった方ならわかると思うが、アレはエンドレスなのである。どういうことかといえば、開催日が決まっておらず営業時間も朝から深夜に及ぶパチ・スロは、プレイヤー自らがやめる時を決めねばならないということである。

また他のギャンブルと違いパチ・スロは、確変や高確率などやめたくてもやめられない状況が多い。これらの理由から、パチ・スロというものはついつい長時間プレーしてしまうものなのである。依存していれば尚更だ。

もしもパチ・スロ依存者を無くし、また、仕事をせずにホールでプラプラしている人達を社会に連れ戻すことができたなら…。きっとその効果はウーマノミクス並みか、もっと大きいものではないだろうか。

マスコミは一切触れないが、パチンコ産業が社会に大きな損失を与えていることは紛れもない事実なのである。


■「断パチノミクス」で労働の質も向上

そればかりか既に就業している人達については、「断パチノミクス」で労働の質が向上することさえ期待できるのである。

考えてもみてほしい。仕事の合間にパチンコ屋で暇をつぶしてばかりいる営業マンと、真面目に仕事する営業マンとでは業績に雲泥の差があって当然だ。心当たりがある人も、きっと多いことだろう…。


今、安倍首相がカジノ特区を作り、賭博合法化が推し進められる可能性は高いといわれている。カジノ誘致の経済的効果を期待してというのが、表向きの理由である。

カジノ解禁などによる経済的効果は、いってみれば取らぬ狸の皮算用である。賭博というものが人間の堕落に深くかかわり、かつ経済を沈滞させる原因になっているにもかかわらずである。

賭博を増やすのではなく、賭博者を減らせば確実に経済効果が期待できるのである。賭博者を減らすことに、政府はもっと目を向けるべきだろう。

あなたのご意見をどうぞ。

ナショナリズムが パチンコ問題解決に結びつかないワケ

こんばんは、タカビーです。

最近思いますが、ナショナリズムの高揚を抑えることができず偏った意見で暴走する人が多いようです。

例えばBLOGOSなんかを見ていても、民主党関係者などが書いた記事なんかに対してはまともな意見が殆どなく、クソミソのコメントばかりというのが実態です。

ひとことでいえば、記事の内容を見てコメントするのではなく投稿者が誰かでコメントする内容が決まっているような気がします。その人物を見ただけで露骨な口調で罵ったりする人が多いですね。

そしてナショナリズムを煽る記事は必然的に支持するコメントが多く、どう考えても歪な感じがしてなりません。といいましょうか、これはきわめて危険な兆候であるように感じるのです。

ボクは右派でも左派でもないのですが、右派・左派どちらにもそれなりの言い分があり、また同様に矛盾も存在していると思うのですがねぇ。

まあ従軍慰安婦問題なんかについては書きたいことが山ほどあるのですが、それはさておき今夜は嫌パチ派とナショナリズムについて書いてみたいと思います。


民族問題とパチンコ問題は別だ

パチンコというものは元来、朝鮮系民族による経営が多かった。その理由としては諸説あるが、戦後の混乱に乗じて土地を不法占拠し闇商法で成した財を元手に朝鮮系住民が始めたというのはよく聞く話である。

ボクはその真偽については知らない。だがもしもそうだったとしても、朝鮮系民族=パチンコ=悪=現在の社会問題なのだろうか? このあたりについて時系列的に考えてみると、少なからず疑問に思うことがある。

最近いろいろなサイトを覗いてみて思うが、現存するパチンコ問題を全て在日が引き起こしているとして糾弾する論調が多いようである。その理由の一つとしては、最近頻繁に起きている領土問題や日韓双方で懸案となっている歴史認識や従軍慰安婦問題などがあるのだろう。つまり嫌パチの大きな原動力はナショナリズムなのである…。

だがボクは民族問題とパチンコ問題は、また違うものだと感じている。というか顔を真っ赤にして怒鳴れば解決するほど、現代のパチンコ問題は甘くないと思うのだ。

断言しておくが、パチンコ問題はナショナリズムで解決できるような代物ではない。なぜならパチンコというものには、それを頂点とするシンジケートが存在するからである。様々な利益分配システムと権益が混在するからこそ、パチンコ問題はこうも根深いのである…。



■なぜパチンコは 多くの社会問題を生み続けるのか?

パチンコというものは多くの社会問題を生んでいる。

なぜパチンコが多くの社会問題を生むに至ったのか? もちろん業界の規模が大きくなり、店舗数が増えたことも大きい。だが一番の原因は、客一人当たりの支出額がハンパでなくなったことである。昭和50年代の駅前パチンコ程度なら、決して今のような事態にはならなかっただろう。

ボクの知る限り、パチンコは昭和40年代から1個4円という貸出し料金を変えていない。簡単なハナシ、風営法の取り決めにより貸出し料金は昔から全く値上がりしていないのである。つまり40年から50年もかけて、この業界は貸し玉料金を値上げすることなく売り上げを伸ばし巨大化してきたことになる。

ではなぜこの業界はここまで肥大することができたのか? それはまず間違いないが、時間当たりの差玉数が大きい機種が台頭し続けてきたからに他ならない。

簡単なハナシ、波が荒く賭博性の高い機種ということである。そういった機種が認可されるにつれ、過激な遊戯性と大きな見返りに釣られて散財を繰り返す客が増えた。


■パチンコ問題とは 支出額の問題

さて話を元に戻そう。先にも書いたが現在パチンコによって齎される社会問題が多いのは、パチンコが手を変え品を変え客に多くの金を使わせるよう変貌し続けてきたからである。

また逆にいえば、たとえ経営者が朝鮮系の人達であろうと、以前のように実質レートが低ければ今日のように大きな問題とはならなかったに違いない。確かに昔も暗いイメージこそあったが、犯罪や依存・ネグレクトといった社会問題は殆ど聞かなかった。

つまり現在のパチンコ問題は殆ど「支出する金額の大きさ」に起因するのであって、経営している民族というものはあまり関係がないのではないだろうか?

高レート化する一つの転換期はフィーバー機の導入だった。このことによりパチンコというものは、単なる玉入れ遊戯から完璧な賭博マシンへと変貌したのである。

少なくともこのことに関しては、その原因を朝鮮民族に押し付けれるという類の物ではないだろう。

ボクがこんなことを書けば「タカビーもブサヨクか!」などと考える人もいることだろう。だが良く考えてほしい、仮に日本人が経営していてもここまでレートが高くなれば、パチンコによる社会問題は後を絶たないのではないだろうか。

そしてもう一つ。在日朝鮮人へのヘイト思考と過激なナショナリズムで、果たして今日のパチンコ問題を解決できるかどうかということだ。

いろいろなサイトを見て回ったが、ナショナリズムを振り回しヘイト発言を繰り返す人ほど根本的なものが見えておらず、前向きな提言もできない。

自分たちの国の問題を何ひとつ解決できず、それを他民族のせいにしているのは、本当に恥ずかしい。そういった人たちが増えていることを悲しく思う今日この頃である。

さて…

ここまで読んでムカついているあなた

ボクが言いたいのはこれからだ

なぜナショナリズムがパチンコ問題解決に好ましくないのか? それはそういった業界に格好の言い訳と隠れ蓑を与えてしまうからである。

例えば「朝鮮人への差別が 法律で認められたパチンコ産業への攻撃になっています」などといった反論はどうだろうか? どこかの市長じゃないが米軍司令官に向かって日本の風俗を勧め、「法律で認められた風俗」などといった言葉を吐く人間もいるのである。

少なくとも自国の恥部を他国に斡旋する愛国者など、どこの国にもいない。日本人であっても、この国の女性たちを他国に差し出そうとする輩がいる。悲しいけれど。

繰り返すが、あの業界の人間に格好の言い訳を与えてはならないのである。このことを、最後にあなたへ伝えておく。

あなたのご意見をどうぞ。

アベノミクス特区+竹中ペーパーで この国は亡びるかもしれない

おはようございます、タカビーです。

アベノミクス特区構想が、ジワリと動き始めています。先日、日経新聞で次のような記事を目にしました。

>政府が大阪府・市など関西圏の自治体と検討している新特区の概要が27日、明らかになった。関西国際、伊丹、神戸の3空港と大阪港・神戸港を一体運用して空港の発着枠などの規制を緩和するほか、周辺の物流拠点を効率的に整備して国際競争力を高める。アジアの富裕層を呼び込む目玉として、大阪湾へカジノなど統合型リゾートを誘致する案もある。

少し前から…

・東京地下鉄24時間運行
・関西特区 法人税減税
・大阪にカジノ特区

などといった話が出ていましたが、これで特区構想が一つ具体的な形として明らかになったということでしょう。

>首相官邸の産業競争力会議が「竹中ペーパー」に揺れている。慶大教授の竹中平蔵が首相主導で大胆に規制を撤廃する「アベノミクス戦略特区」や有料道路、水道など官製インフラの運営権の民間売却を提言。成長戦略で経済自由化の路線にカジを切るか否か、首相の安倍晋三に踏み絵を迫り始めたからだ。(日経新聞)

竹中氏といえば維新の会橋下代表のブレーンとして有名ですが、どうやら安倍総理はアベノミクス特区構想を進めるにあたり、竹中平蔵氏を起用するようです。

これでまず間違いなく、大阪へのカジノ誘致が実現したといえるでしょう。ここまで衰弱した大阪府民にとって、法人税減税は喉から手が出るほど有りがたいものだからです。カジノ誘致の話なんて二の次三の次で、どさくさに紛れて成立するだろうというのが私の考えです。

以前から懸念していましたが、残念ながら状況は悪い方へ悪い方へと進んでいくような気がします。大阪カジノ構想がいかに愚かなものであるかは、このブログで書き尽くした感があります。

橋下徹は賭博好きでパチンコ産業とズブズブのようです。もしも疑問を持たれるのであれば、「橋下徹 パチンコ」でググってみてください。同時に、あの竹中平蔵という人は規制緩和好きですね。2極化を進めて中間層を無くすつもりなんじゃないかとさえ思えます。

それともっと恐ろしいこと…。あの人の主張に「官業(有料道路、上下水道、空港、公営地下鉄)の民間開放」がありますが、その中に上下水道が含まれているのを見て、私は身震いしました。

私は入札の結果外国の企業が水道事業を継承するということになれば、怖くて家の蛇口から出る水を飲めなくなるかもしれません。民営化が必要な事業も中にはありますが、根本的なものを民営化するといったことは許されないと思うのです。

考えても見てください。川一面に豚の死骸が浮いているというのに、その川の水を飲料水として取水している国もあるのです。民営化の果てに水道事業などが海外資本に売却され、そんな国の企業が日本の水道やガス・電気などを取り仕切るとしたら…。あなたは許せるでしょうか?

中国の投資家が、日本の水源が有る山林などを買い漁っているという話は、以前から有名です。竹中平蔵のような構造改革論者は、日本が持つ資産を、どんどんと海外に流出させようとしているとしか思えません。

私は彼らに愛国心があるとは、到底思えないのです。それにしても、ああいった人たちを突き動かしているものは一体、何なんでしょうか…。
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