タカビーです。


 〜今日は私自身の攻略経験からお話いたします。〜


経験ったって、今は昔の世界です。今現在において、攻略を求めるのはハッキリ言ってナンセンスですからね。 


あなたに何でこんな経験をお話しするかといえば・・・・・・、


 〜あなたに、私の真似をして頂きたくないからです。〜
 特に、パチ屋で喰っていけると頑なに信じているあなた!


 〜割りに合わない商売ですよ、実際。〜


ということで、78連勝したオハナシです。
 


【78連勝した話】


平成8年から9年くらいの頃、主に権利物・電役物を打っていた時期でした。


当時の権利物、主な機種はデジタルが回転して、大当たり→権利発生という仕組みが殆どでしたが、“大当たりの確率が高い代わりに、デジタルが回転しにくい”といった特徴の機種が多かったのです。


当時のそんな代表的機種を挙げると、「バレリーナ」「パイレーツ」「ホ〜助君DX」「スカイキッズ」「弁慶パニック」「ダイナマイト」「スーパーアレパチ」なんかがそうでしたが、


変わったものでは、特定の穴に入賞するのみで4000個以上の出球を獲得できる平和の「スターマウンテン」なんて、機種もありました。


(限りなく、一発台ですな。 \(`-´メ))



ホー助君DX
私が当時、主に打っていた機械は、平和の「ホ〜助君DX」
(懐かしいな〜! ^^; )


デジタルの大当たり確率が、確か8.7分の1だったと思いますが、まあ当時の平和の権利物は、『とにかく役物が辛い!』ってことで有名でした。


(親父打ちだとデジタル1回まわすのに、へたすると1400円くらいかかりましたから・・・・。 (^◇^;))


 〜あの頃、巷(ちまた)のプロが
  やっていたのが、“止め打ち”です。


私も、あの機械には大変お世話になりました。
 

止め打ちすると1000円で3回は回りましたから・・・・。 その効果は、超絶大!だったんです。


(止め打ちすると、1時間に使うお金はおよそ7〜8千円、回転数約20〜25回は回りましたから、負ける方が不思議なくらいでした。)


ただし、当たり前ですが店のチェックも厳しく、止め打ちを禁止する店が殆どだったのです。




そんな中で、ガードの甘い店を探し、(2店ありました。)通い詰めたことがあります。


1店でばかりで抜くと目立つので、2店を交互に通ったりしましたが、毎日の勝金目標額を2万円と決め、78連勝した記録があります。


 〜78回目標額達成は凄い記録と、
  いまだに自分でも思ってますよ。〜


そんなもん、自慢できるかい! (`・v・´)


 〜確かに! まあ、オハナシだけっす。〜


でもまあ、攻略法がちゃんと通用するということがわかれば、嬉しくて嬉しくて、とにかくがむしゃらにパチ屋に稼ぎに行った時代でしたネ。 *^^*


あんなに攻略が通じる機械がまだあった時代が、懐かしく思い出されます。




 〜え? なんで、78連勝で終わったかって?〜
 (。^〜^。)へ?


はいはい、お話いたします。
或る日、そのうちの1店が、新装開店になりました。


で、次に行った時に、ホー助君も新台に入れ替えられたのですが、
新しいホー助君、セル板のデザインが違うだけで、内容は全く同じ・・・・、


 〜ではありませんでした! (-"-;) 〜


この新台のホー助、新台だから、寄り釘・落し、どちらも調整は抜群でしたが、当たっても当たっても、とにかく2回権利ばっか!


(通常、ホー助は16回権利と2回権利の振り分けが5対1くらいだったんですが。)


セル板の変わったホー助は、改良されていて、(あんなん、改悪やろー!(`ε´) )16回権利と2回権利の振り分けが、明らかに変えられていました。


おそらく、1.5対1ぐらいだったのでは・・・・?
これじゃ、勝てませんよね。


 〜ついに、敗北を喫しました。(2千円くらい負け。)〜
  それも、よりによって新装の日にです。




で、もう片方の店はというと、


《止め打ちお断り》と、1台1台丁寧(ていねい)に張り紙をされ、店員が止め打ち出来ないように、客の後ろをウロウロする始末・・・・・。


それでも、こそこそ隠れてやっていたら、


「兄ちゃん、止め打ちやめてくれ。 これからやったら、出入り禁止にするで!」と、店員に言われチョン。


 〜こうして、私とホー助君との
  甘〜いおつきあいは終わりました。〜


でも、短い間でしたが、ホンとお世話なった機械です。 


当りの発生する瞬間を狙い打つ、デジタルの回るタイミングだけ打つ、こういった節約打法がいかに破壊力のあるものか、


 〜ホント、思い知ったものです。〜


こういった方法が効果の有るコトを知って、パチ屋が収入に直結することを知ってしまうと・・・・・、


暇が出来ると行きました。
暇を作ってでも行きました。
仕事よりも率先して通いました。
ウソをついてまで行きました。
有頂天になりました。
金使いも荒くなりました。
ロクな遊びを覚えません。


金銭問題こそありませんでしたが、お聞きの通り、私は最低のヤローだったのです。


仕事とパチ屋の二足のワラジを履き、適当に収入を得て悠々自適に暮らす・・・・、(ホー助だけで、400万以上は勝ちましたからね。)


こういった生活がいかに人間を堕落させるか、もはや、ここであなたに話す必要は無い筈です。


そして・・・・・・、


金銭問題こそなかったものの、ギャンブル依存症の火種は確実に私の心の中に燻り続けていたのでした。


 〜その後のことについては、
  また機会を見つけお話させて戴きます。〜



今日も最後まで、有難う御座いました。

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