タカビーです。 (o´_`o)ハァ・・・
新年も二日目になりました。 あなたは、いかがお過ごしでしょうか? 私はただ今、風邪真っ盛りです。(笑 こんな調子なんで、ブロ友さんへのご訪問はコメントなしの応援のみ駆け足ですが、どうぞよろしくお願い申し上げます。
初詣に行ってまいりました。 犬鳴山不動尊、辛国神社、藤井寺観音菩薩と昨日中にお参りを済ませ、あなたの祈願されることを祈祷してまいりましたので、ご報告申し上げます。
その時の写真につきましては、また1月5日以降にアップさせていただきます。 よろしくお願いいたします。
年末から新年にかけて、私の書いた小説を皆さんに読んでいただけたらと思い、PDFの冊子として5回に分けてダウンロードしていただけるようにしております。
本日は、『朝の告白』〜第3話 堕落 です。
主人公の農園主が、いかにして堕落し、その結果一からやり直そうと決断するかまでの心の葛藤を書いています。
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この企画は、大晦日から1月4日までのイベントとさせていただいております。
この間は私も予約投稿にし、少しパソコンの前から離れることが多くなりますが、暇があれば皆様のブログへのご挨拶訪問と応援はさせていただきます。 よろしくお願い申し上げます。<(_ _)>
それでは、PCからのあなたは・・・、
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あたいは、あの男と一緒になる前に、バクチに狂った親父から逃れようとして、家を飛び出したことがあるの。
親父はまだ16だったあたいを、自分のバクチの金を作る為に売り飛ばそうとしたのよ。
そのことを知って、あたいは殆ど何も持たないまま、ここネヴィンノムィスクの近くまで歩いて逃げてきたの。
そして、何も食べずに歩き続け、クバン川のほとりで倒れてしまった。 その時にあたいを助けてくれたのが、あのルドルフ少尉の部隊だったのよ。
彼は私に優しくしてくれたわ、あの人がネヴィンノムィスクに居る間、私たちは夢のような生活を送ったの。
毎晩ドレスを選んでダンスに出かけたわ・・・。その頃よ、カジノに行くことを覚えたのも・・・。
でも、そんな幸せも長く続かなかったわ・・・。
あの人には妻子が居るの。サンクトペテルブルグ(注20)の出身で、今もそこに家がある筈よ。
彼の家系はもともとはずっと貴族だった。 彼の父は内務省の下士官で、そんなこともあってペテルベルグの士官学校を卒業すると、彼はあんな歳で将校になったのよ。
彼の赴任先はずっとここネヴィンノムィスクの駐屯地だったから、彼がここに居る間、私はずっと公然の彼の内妻だったというわけよ。
「これでわかったでしょ? 私がここでこうやって遊んでいられるわけが・・・。」
私はアーニャに尋ねた。
「それなら、お前はどうしてドゥエルと一緒になんかなったんだ?」
アーニャが続けた。
彼が居る間は良かったわ。 でも彼が軍に戻りしばらくすると、親父がやって来たの、私から金をせびり取る為にね・・・。
そして、巻き上げれるだけの金を巻き上げ、全てバクチで使い果たすと、親父は私をまた地獄の家に連れ戻したわ。
そしてあたいはスタヴォロポリの家に連れ戻されると、すぐにピャチゴルスクへ無理やり連れて行かれ、客を取らされた・・・。
あの男は、あたいが体を売って稼いだ金を一文残らずバクチに使い果たし・・・、それからしばらくして、酔っ払って馬車にはねられて死んだわ。
アーニャはそこまで話すと立ち上がり、グラスにウオッカを注ぐと半分近くまで飲んだ。 私は、アーニャに尋ねた。
「ドゥエルとは、どこで知り合ったんだね?」
あの男はピャチゴルスクで、あたいの客だった。 あの頃は優しくて、来るたびにいろいろと私の話を聞いてくれたわ。
そのうちにあたいも、この男とならちゃんと生きていけるかもしれないと思い出した・・・、幸せに結婚出来るのなら、この男と一緒になってもいいと思ったのよ。
そして、彼についてスタヴォロポリへ行き正式に彼と結婚したの・・・、あとはあなたの知ってのとおりだわ。
私は改めてアーニャの顔を見た、そしてこう思った。
“この、どう見ても18くらいにしか見えない女に、何と言う過酷な人生の試練があったのだろう!”
“私はこの歳まで生きてきて、苦労と名の付く物は殆ど経験してこなかった・・・。”
アーニャが言った。
最初はね、あたいもいい奥さんになろうと努力したわ。 でも、それが無駄なことだということにすぐに気が付いたのよ・・・。
私はアーニャに言った。
「どうしてだ? お前たち一家は何不自由無く、暮らしていたじゃないか?」
「それに・・・、ドゥエルは良く気がつくし面倒見の良い男だ。お前と一緒になってからは一切遊びもせずに、真面目にやっているじゃないか!」
アーニャは悲しそうな声で呟いた。
「昨夜もあなたには話したわ・・・。なぜだかわからない! でもあたいは・・・、」
「あたいが居て世話を焼かないと、無茶苦茶になりそうな男で無いと、一緒に暮らしていけないんだよ!」
私は言った。
「アーニャ、一つ聞こう! ではこの私も、お前が居ないと破滅する、そんな男だというのかね?」
アーニャが笑いながら言った。
「その通りさ! 危なくって、見てられやしない・・・。」
「だから、あたいはあんたを選んだのさ! そんなあんたが好きなんだよ・・・。」
重ね合わされたその唇は、かすかに塩の味がした。 それは、今までこの女が生きてきて味わった、苦難の人生そのものだったのかもしれない・・・。
私はアーニャの肩を抱き言った。
「お前は親分肌なんだよ、だから自分で何もかも取り仕切らないと、気がすまないのさ。」
「でも女というものは、そもそも男に仕えて家庭を守り、そして幸せを築いていくものなんだ。」
アーニャが言った。
「じゃあ、あたいの母はどうなるのさ? あんなきちがいの男の面倒を20年以上見続けてきたんだよ。」
「今でも覚えているさ、あの男の機嫌が良いのはバクチに勝って帰ってきた晩だけで、負けた時はそりゃ酷いものだった・・・。」
「あの男は帰ってきたら、真っ先に金をせびった。 金が無いとわかるとあたいたちに容赦なく手を出した。」
「そんな男に仕えて、何が幸せなもんか!」
「それでも母は文句一つ言わずに、辛抱してあたいたちを女手一つで育てたのさ。」
「確かに、あたいが売り飛ばされそうになった時は、半狂乱になって抵抗したけど・・・。」
アーニャはそこで一息つき、残りのウオッカを飲み干した。そして言った。
「でもドゥエルと一緒になってわかったのよ、優しくはされるが、ここにあたいの居る場所は無いって・・・。」
「そして思ったのよ。 こんなまま年老いていくのは絶対に嫌だって・・・。」
私が言った。
「それで、農場を逃げ出したってわけか?」
「そうよ、なけなしの金を持ってここネヴィンノムィスクへとやってきた。 勿論、ルドルフは喜んでくれたわ。」
「そうして、また以前のような生活をすることになったのよ。毎晩カジノに行って遊び、お呼びがかかれば彼の官舎へ招かれて彼に抱かれる、そんな毎日よ・・・。」
彼女が上目遣いで私の目を見た。
「あたいの必要なお金は、全部彼が出してくれているのよ。だからあたいは何不自由なく、ここで遊んでいられるわ。」
「彼との事、妬いて(やいて)いるの?」
“妬いている・・・?”
そうだ、確かに今の私はこの女の相手の軍人に嫉妬している。 我ながら勝手な男だ、妻子が有りながら・・・。
アーニャが言った。
「でもね・・・、あたいはルドルフとずっと付き合っていく気はないわ。」
「母がもう弱ってきているし、近いうちにまたスタヴォロポリに帰らねばならない、そう思っているのよ。」
「ねえ、イワンさん。 あたい、あんたに付いてスタヴォロポリに帰ってもいい、ただし一つお願いが有るのよ・・・。」
〜私は驚いた、アーニャがあっさりと帰る事を了解したからだ。〜
「願い? それはどんな願いなんだね?」
アーニャが言った。
「あなたには、奥さんも子供もいるわ。 だから無理は言いたくないの、でも・・・。」
「たまにはあたいの家に来て、あたいを抱いて欲しいの!」
「そして・・・、あの男の所へは絶対に戻さないで!」
私はふと時計を見た、もう午後3時を回ろうとしている。召使のマスラクに宿を取らせねばならない。
私は部屋にアーニャを残し、ホテルの外に出た。 複雑な心境だった。
“このままスタヴォロポリに戻っても、私はアーニャとの関係を続けるのか?”
ドゥエルにはどう話したものだろう、いやそれどころか、このままではあの御者との賭けに負けてしまうのだ。
そうすれば、1エーカーという土地をくれてやらねばならないのだ。
私は歩きながら考え続けた。御者との賭けに負けるわけにはいかない、さりとてアーニャをドゥエルの元へ戻すことは不可能だろう。
“一体、どうしたものか・・・・”
そしてふと思った。 そればかりか、私は昨夜の勝負で40万ルーブルもの大金を失っているのだ。これも、なんとかせねばならない・・・。
用を済まし私が部屋に戻ると、アーニャが言った。
「さあ! カジノへ行こうよ。 もういい時間じゃない!」
私はアーニャに言った。
「お前はそれにしても、バクチが好きな女だな! 今日も行こうというのかい?」
アーニャが笑い出した。私はそれを見て言った。
「アーニャ、何がおかしい!」
アーニャが笑い転げながら言った。
「だって、おかしいじゃない! 」
「今日、あそこに一番行きたい客はあんたの筈じゃないの・・・。」
アーニャは続けた。
「40万ルーブルも一晩で摩っちまったんだよ! 誰だって、カジノが開けば取り戻しに行きたいと思う筈よ。」
〜図星だった。〜
その時の私にとって一番問題だったのは、アーニャを連れ戻すことでも、御者との賭けに勝つことでも無かった。
昨夜失った40万ルーブルを、まず今夜取り戻そうと、そう心の中で決めていたのだ。
そして、その金を取り戻してからアーニャを連れ帰り、御者との賭けに勝つことを考えようとしていたのだ。
〜愚かな選択だった。〜
“いや、それは愚かというよりも無知といった方が良かったのかもしれない。”
“そう! 賭博で失った金を賭博で取り戻すことが出来ると・・・、私はそう考えていたのだ。”
“賭けることで失った金は二度と戻っては来ない”そのことを、私はその日が来るまで全く知らなかったのだ。
〜こうして、私は6つ目の過ちを犯した。〜
それから私たちは着替えを済ますことにした。 私は黒いビロードの上着に帽子をかぶり、アーニャは昨夜の薄いピンクのドレスに代えて、濃いワインレッドのドレスを選んだ。
私とアーニャは近くのダンスホースに出かけた。 しばらくの間そこで踊りながら夜までの時間を費やそうと思ったのである。
私たちはショパンの曲に合わせ、マズルカ(注21)を踊ったりして過ごしたが、アーニャは百姓娘とは思えぬほど、軽やかに身を翻し(ひるがえし)上手に踊った。
〜彼女は、さながらダンスホールの花のようだった。〜
着こなしも、振る舞いも、会釈(えしゃく)の仕方も、そしてダンスの上手さも、全て社交界で立派に通じることだろう。
きっと何も知らない社交界の人々は、彼女を愛すべき一人の乙女として見守っているに違いない・・・。
アーニャが大きくステップを踏みながら叫んだ。
「あたい、今まで生きてきて、今が一番幸せかもしれないわ!」
私は彼女の耳元で、笑いながら囁いた(ささやいた)。
「それは結構だが、その“あたい”と言うのを何とかしないかね? お前の素性(すじょう)がまるわかりだ!」
今考えてみれば、アーニャと踊ったあの時が、私の人生の中で一番幸せなひと時だったのかも知れない。 私は今も覚えている、そして決して忘れることはないだろう・・・!
あのダンスホールの中のざわめきを、シャンデリアの黄色い炎の美しさを、そこで口にしたワインの甘く饒舌(じょうぜつ)な香りを、そして煌き(きらめき)ながら踊るアーニャの美しい肢体(したい)を・・・。
〜そして6曲目のワルツが終わった時・・・。〜
私たちは心地よく疲れていた。 ダンスホールを後にして、寄り添って石畳の道を下り、ホテル・ドゥレステンへと向かった。
夕日がクバン川に映えて美しかった、カフカス山脈から湧き出る大河は、あたり一面のひまわり畑と相俟って(あいまって)黄金に染まり、早くも夏の終わりを告げようとしていた。
〜そう、この時私は知らなかったのだ!〜
私がこれから、どれほど大きな人生の過ちを犯そうとしていたのか、そして・・・。
その日からここネヴィンノムィスクで、自分が冬を迎えることになろうとは・・・、
“知る由もなかったのだ。”
私たちはホテル・ドゥレステンに着くと、早速地下への階段を下りた。
カジノはもう既に客で半分くらいは埋まっており、私たちは昨夜と同じテーブルに着いた。 アーニャが耳元でそっと言った。
「ゆうべと同じディーラーだわ!」
私たちは喉の渇きを癒す(いやす)ためにビールを注文し、ボーイから交換したチップを受け取った。
痩せて目の鋭いディーラーが、鮮やかな手つきでカードをシャッフルした。 そして、ゆっくりとカードを配っていく・・・。 こうして、私にとって3度目のカジノの夜が始まった。
最初、私は運に恵まれていた。 瞬く間に、目の前にチップの山が出来た、席について僅か(わずか)30分も経っていない。
アーニャが、溜め息混じりに言った。
「凄い・・・、もう50万ルーブルは勝ちよ!」
“そう! この時既に、私は目的を達成していたのだ!”
昨日の負けを取り戻すことだけならば、この時点で既に十分足りていた。 しかし私は賭けることをやめようとはしなかった・・・。
〜こうして、私は破滅への道を歩むことになった。〜
ここまで話し終えると、老人は少し疲れたように椅子にもたれ、口を半ば開いたままで目を閉じた。
アレクセイが言った。
「イワン・オフロフスキーさん、お疲れなのでしょう? 少しお休みになってはいかがでしょうか?」
老人が目を閉じたままで答えた。
「アレクセイ、大丈夫だ・・・!」
老人は語り続けた。
「そして・・・、それきり私は自分が賭けで失った金を取り戻せることは二度と無かった・・・・。」
それから私は、その日のうちに殆どの金を使い果たし、明日の路銀にも事欠く有様となった。
私は、妻のリザに手紙を書いた。そして、召使のマスラクの宿へ行き、彼にこう伝えた。
「マスラク! お前は明日の朝一番にここを発ち、スタボロポリへ戻るんだ。」
「そして、この封書をリザに届けて欲しい。 そして、次の馬車をすぐによこすように伝えてくれ。」
その時の私の頭の中にあったのは、とにかく今までに失った金を取り戻すことしかなかったのだといえるだろう。
そして私はその日、たった一度だけ訪れたチャンスを逃したことを、限りなく悔やんでいたのだった。
私は心の中で、願っていた、そして信じていた、いや、祈っていたのかもしれない、失った金をいつか取り戻すことが出来るのだと・・・。
しかしながら、それは叶えられなかった。 あの時以来、今日に至るまで叶えられはしなかった・・・。
〜そして、私は全てを失ったのだ。〜
少し咳き込んだ後、しゃがれた声で老人は話し続けた。 アレクセイは、老人の言葉を一言たりとも聞き逃すまいと、集中して話に聞き入った。
老人が続けた。
「それから数回に渡り、私は召使に命じリザに金策の手紙を持ち帰らせた・・・。」
「いつしか季節は変わり、ネヴィンノムィスクの秋は終わり、冬が訪れようとしていた。」
そんなある日、いくら待てども、馬車はやって来なかった。3日遅れでやってきた馬車には私の着替えと共に、次のような手紙が添えられていた。
>愛するあなた
>
>私は今、悲しんでいます。
>
>ここスタボロポリでも、あなたの噂は
>時々耳にします。
>
>若い女と共にカジノにいるという
>そんな噂を聞き、私は悲壮な思いでいます。
>
>それでも、私はあなたを信じています
>笑って、ここへ帰ってきてくれると
>そう信じて待っています。
>
>今回は、おっしゃっただけのお金を
>用意することは、もう出来ませんでした。
>
>蓄えが尽きたのです。
>牛を4頭売りました。
>これがそのお金です・・・。
>
>お体に気をつけて・・・、そして
>一刻も早くお帰りになることを
>心から祈っています。
>
>子供たちもあなたのことを
>心配しているわ。
>
>
>リザ
私はリザからのこの手紙を読んで、胸が締め付けられる思いだった。 ただし、そう思ったのも最初だけだった。
彼女からの手紙の中には、少し汚れたルーブル紙幣が丁寧に折り重ねられて入っていた。
〜30万ルーブルしか、入っていない・・・・。〜
私は、その金を送ってくれた人が、どれほどの苦労をしてそれを工面し、送ってくれたかということさえ考えずに、単にその金額を使って、今夜どうやって賭けるべきかだけを考えていた。
その時に私の頭の中に有ったのは、もはや、賭け続ける事だけだったのだ。
30万ルーブルという金は、4回の勝負で消し飛んだ。 私はじきに無一文になり、再びリザに向けて手紙を書いた。
>愛するリザへ
>
>心配をかけて申し訳ない。
>
>どうしても今、まとまった
>金が必要なんだ。
>
>工面するのに、苦労もあるだろう
>でも何とかして欲しい。
>
>金が無いと、何も出来ない
>今はそんな状況なんだよ。
>
>落ち着いたら、すぐに戻るから
>何とか頼む。
>
>
>無理を言ってすまない。
>
>
>イワン
〜私は完全に狂っていた。〜
どんなに妻に、そして家族に、申し訳ないと思う気持ちが湧きあがろうと、決してそれは賭博する行為を止めるには至らなかった。
頭の中ではどんなに、今自分のしていることが無茶苦茶なことだとはわかっていても、それは賭博の魅力の前には全く無力だったのである。
私は妻に嘘まで言って金策させ、自分は働くこともせずに朝から晩までアーニャと一緒に遊び呆けていた。
そして金が届くと、いそいそとカジノへ出かけて有り金残らず使い果たす、そんな堕落した生活を毎日続けていたのだ。
そのうちにアーニャも、愛人だったルドルフから愛想を尽かされ、全ての援助を打ち切られることになった。
そもそもの原因は彼女の金遣いの荒さだが、他方では彼に新しい女が出来たことも原因だったらしい。
私たちはホテルの部屋を引き払って近くに木賃宿を捜し、いかにも狭い一部屋で一緒に生活することとなった。
そのうちに私とアーニャは着飾ることもしなくなり、食事さえ満足に摂らず過ごすようになった。
アーニャの煌びやか(きらびやか)なドレスや持ち物は、全て賭博の賭け金となり消え失せて行った。
そして、私がリザに最後の金策の手紙を託したその8日後に、次の馬車がやってきた。 御者台の上に見覚えのある顔があった、私は驚いた!
“ドゥエルだ、ドゥエルがやって来たのだ!”
馬の手綱を引くその男は、まさしくドゥエルだった。 ドゥエルは私の顔を見るなり、駆け寄りそして私の足元に跪いた。(ひざまずいた)
「旦那様・・・、よくぞご無事で! あっしの為にこんなことになっちまって・・・、本当に申し訳ございません。」
ドゥエルは人目を気にようともせず、地面に頭をこすりつけて私に詫びた。彼の目から大粒の涙が溢れ出た・・・。
私は言った。
「ドゥエル、もういいんだ。 頭を上げなさい、それよりあちらの方はどんな様子かね?」
ドゥエルが答えた。
「旦那様、奥様がとても心配しておいでです。 今回はこれを預かって参りました。」
そう言って、ドゥエルはリザからの手紙を手渡した。
「それと・・・、奥様は牧場の一部とトウモロコシ畑を手放すと、そうおっしゃられています。」
そして、召使は心配で張り裂けそうな自らの胸の内を語り始めた。
「旦那様、一体何があったんでございますか? あの夜、あっしがとんでもないお願いを口にしたが為に、こんなことになっちまうなんて・・・、」
「どうぞ、おっしゃってくださいまし! もうこれ以上、旦那様と奥様にご迷惑をかけるわけにはいきません!」
私は言った。
「ドゥエル、心配いらないよ。 お前のせいで帰るのが遅くなっているのではないんだ。」
ドゥエルが言った。
「旦那様、女房のアンナは、今日これからあっしの手で掴まえて(つかまえて)、連れ戻します。 ですから・・・、もうこれ以上奥様に心配をかけないでくださいまし・・・。」
私はドゥエルの目を見つめ、言った。
「いいか! ドゥエル、よく聞くんだ・・・。」
「アーニャは、もうお前の元へは帰らないと言っている・・・。」
ドゥエルが悲痛な叫び声をあげた。
「だ旦那様・・・、それじゃ、あの男に1エーカーの麦畑をくれてやることになりますだ・・・!!」
「それはなりません! 絶対にそれだけはお止めくださいまし・・・!」
「それに・・・、あいつが帰って来ないとなると、赤ん坊をこれからどうしたものか・・・。」
ドゥエルは肩を落として、呟いた。 私は言った。
「ドゥエルよ、私は何も必ずそうなると言っているわけではないんだ! アーニャに今お前がいくら言っても無駄だ。もうしばらく待つんだ。」
「ここは私に任せておけ!」
私はドゥエルにそう言ってはみたものの、既に結果は見えていた。 もうどうにもならないことを、私は知っていたのだ。
そして口には出さなかったが、ただひたすら、自分の女房を失った哀れな召使に対し罪悪感を感じていた。
“理由はともあれ私は、この男の女房を寝取ったのだ。”
〜私は悲壮な面持ちで召使を故郷へと送り出した。〜
それは粉雪が舞い、いつもより早い冬の訪れを感じさせる、ある晴れた午後のことだった・・・。
私はドゥエルを送り出すと、リザからの封書を開いた。 封書を開けると同時に、何か光る物が転がり落ちた。
〜私はそれを拾い上げると、そっと目を凝らしてみた。〜
“それはまさしく、私がリザに送ったリングだった。”
鮮やかに、私がリザと知り合い、そして彼女に求婚した時のことが想い出された。 そうだ! 私がリザにこの指輪を送ったのは、彼女が18の時だった・・・。
私は、そのリングをポケットに仕舞い込むと、彼女の手紙を読み始めた。
>愛するあなた
>
>今日で、私があなたのことを
>あなたと呼ぶのは終わりだわ
>
>今日、私は一つの決意をしました
>子供たちを連れて
>故郷に帰る事にしたのです。
>
>これ以上あなたの言うとおりにすれば、
>農場の小作や召使たちが
>暮らしていけなくなるからです。
>
>そして・・・、
>子供たちも、私も、
>このままでは生きていけません。
>
>最後に、空いていたトウモロコシ畑と
>牧場の半分を売りました。
>
>もうこれ以上のことをして、
>お金を作ることは出来ません。
>
>あなたが引き継いできたこの農場を
>まだこの上、勝手に処分することなど
>私には到底出来ませんもの・・・。
>
>お許し下さい。
>
>そして、どうぞご無事で・・・。
>
>
>最後に・・・、
>
>今日まで愛してくださったことを
>心から感謝しています。
>
>さようなら
>
>
>リザ
私はその手紙を読み終えたとき、涙が止まらなかった。
“おお、リザ! 私はお前に何と酷いことをしたのだろう!”
でも、私はもう止まることは出来ないのだ。 今回リザが血の滲む(にじむ)思いをして送ってきてくれたこの金を使って、負けた金を取り戻すまで故郷には帰ることが出来ないのだ!
私は心の中でそう叫びながらも、実際は今宵勝負することが出来る喜びを密かに感じていた。
〜そこまで、私は堕落していたのだ。〜
リザは良い妻だった、彼女が故郷のエルブルス山(注22)の麓(ふもと)の実家まで帰るということも気にかかった。 しかし、その時の私にとってそんなことは些細なことだった。
この金を元手にして、勝負に勝てば全てうまくいくと考えていたからだ。
“そうだ! 勝ちさえすれば良い。” そうすれば、すぐにアーニャを連れてスタヴォロポリへも戻れるし、リザを迎えに行くことも出来るだろう!
“勝てば、全てがうまくいく! そう! 勝てば良いのだ!”そう私は考え続けていた。
あたかも、こんな大切な金銭を弄ぶ(もてあそぶ)ことが、自分の人生の使命であるかの如く・・・。
私は宿に戻るとアーニャに、受け取った130万ルーブルの札束を見せて言った。
「今日は、これだけの送金があった・・・。」
アーニャが言った。
「凄い大金じゃない! どうしたのよ?」
私は言った。
「リザがトウモロコシ畑全てと、牧場の一部を手放して得た金だ・・・。」
アーニャは早速そのうちの数枚を掴み、黒パンとチーズとハム、そしてワインを手に入れて戻ってきた。 私たちはここ数日、食事らしい食事を殆ど何も摂っていなかったのだ。
アーニャがワインを一口、口に含むと言った。
「おいしいわ! ワインなんか久しぶりよ。」
私は言った。
「アーニャ、今日ドゥエルがやって来た・・・。」
彼女の顔が青ざめた、彼女は急に立ち上がり、そして言った。
「あいつが来たの!? 今どこに居るのよ、まだこの街に居るんじゃないだろうね?」
「お前を連れ戻そうと考えていたらしい・・・。」
「でも、無駄だと言ってもう帰らせたよ。 そして、ドゥエルからいろいろと話を聞いた・・・。」
私は溜め息をつき、ポケットからリングを取り出すと、それをアーニャに見せながら言った。
「妻のリザが、実家に帰ると言って来た・・・。 私はこの上、一体何を失えば良いというんだ?!」
アーニャが言った。
「そんなの、あたいだって同じことさ! こうなっちまったら、もう失う物なんかありゃしない・・・。」
「でも、そうね・・・。」
アーニャは寂しそうにうつむいて言った。
「あたいは、そもそも失う物さえなかったのよ・・・。」
私たちは、久々に食を満たしくつろいでいた。 私はアーニャに尋ねた。
「アーニャ、ところでこの金のことなんだが・・・、」
「お前はどうしたら良いと思うんだ?」
アーニャは言った。
「決まっているじゃない! 勝負するのよ。」
「もうそろそろ、ツキが回ってくる頃よ。 これだけのお金をかけて勝負すれば、チャンスは有るわ。」
アーニャは続けた。
「一儲けしたら、あんたとあたいはスタヴォロポリへ戻るのさ。そしてね・・・。」
アーニャが私の首に腕を巻きつけながら言った。
「あたいとあんたは、一緒に暮らすのさ。 あたいは、あんたの子だったら何人だって構いやしない、産んでちゃんと育てるさ。」
「そして、今度こそ幸せになるんだよ!」
私は気分が重かった。 もし今夜この金を失えば、次に私が失うのは金ばかりでは無いことを良く知っていたからだ。
私はアーニャに言った。
「もしこの金を全て失ったらどうする?」
「また新たに金を工面するとなれば、お前も知っての通り農地を売り払うしか方法が無いんだよ。」
「そこで小作させている百姓たちを追い出して、売るしかないということだ。」
私は続けた。
「そうなれば、何十人という小作が路頭に迷う事になるだろう・・・。」
「それでも、私にこの金で勝負しろとお前は言うのかね?」
アーニャが言った。
「勝負なんか、やって見なければわからないもんさ!」
「勝つか負けるかわからないことに、最初から怯えてたってしょうがないよ。」
アーニャが続けた
「やってみて考えりゃいいじゃない! 負けたら負けた時のことよ。」
私にも異存はなかった、そうするしか方法が無いと思っていたからだ。 いや・・・、私はアーニャのその言葉をむしろ待っていたのかもしれない。
その夜、私たちは久しぶりにカジノに出かけた。相変わらず、カジノは人で溢れている。
よくこれだけ、賭ける事が好きな人間が多いことかと私は思った。しかし、私もそのうちの一人なのだ。
“これがおそらく最後のチャンスなのだろう。”そう思うと、私は少し緊張した。
そんなこともあって、最初は大きく賭けることが出来なかった。 3回連続で勝った。 しかし、勝ったとはいえ賭ける額が少ない為に、せいぜい元金の倍が精一杯だった。
アーニャが苛立ちながら言った。
「大きく勝負しないと、駄目だわ。 そんな小さい額で賭けて勝っても、意味無いじゃないの!」
私はそんなアーニャの言葉に圧されて大きく勝負に出たが、今度は立て続けに負け、持っていた金の半分を失った。
〜今まで勝負をしていて感じたのは、一度失った運はまず間違いなくその日のうちに帰っては来ないということだ。〜
まさしくその日もその状態で、最初に3回勝っただけで後は全く良いところが無く、いつしかいつも通り全ての金を失ってしまった。
私とアーニャは、途方に暮れカジノを後にした。 今日、ドゥエルから130万ルーブルもの金を受け取り、そして一晩どころかものの2時間くらいで、私はその金を摩ってしまったのだ。
ホテルの外に出ると、雪が降り始めていた。私はアーニャと雪が積もり始めた小路を歩きながら考えていた。
元はといえば、私はそもそも御者とつまらない賭けをして、こうやってネヴィンノムィスクまでやって来た。
〜そもそも自らが賭けている者が、賭けに夢中になっている女を連れ戻せるわけなど無いのだ。〜
そして、これ以上取り戻そうとして賭け続けることはもはや無駄だと・・・、そう悟ったのである。
アーニャはさっき言った、私はそもそも失う物など無いと・・・。 しかしこの時私は、ふと気付いたのだ。 自分にはまだ失ってはならない物が残されていることに気付いたのだ・・・。
〜私はある決断をし、大きく息を吸い込んだ。〜
私はこの時自分が何者かから開放され、自由になったことを感じていた。
不思議な感覚だった。余りにも多くの物を失ったにもかかわらず、なぜか体は充実感で満たされていた。
今思えばまさにこの時が私にとって、新たなる人生の始まりだったのだ。
私は宿に戻ると、3通の手紙を書いた。1通はリザに宛てた手紙、1通はドゥエルに宛てた手紙、そしてもう1通は、御者のヴィロンスキーに宛てた物だった。
手紙を書き終えると、私はアーニャに言った。
「アーニャ、私はここに来てからずっと、お前に隠し続けて来たことがある・・・。」
「今夜、お前にそのことを話すことにした・・・。」
「何なの? お互い今さら、隠すことも何も有ったもんじゃないわ!」
「それでも何か、このあたいに隠していることでも有るっていうの?」
そう言うとアーニャは、最後の金で手に入れた黒パンを頬張りながら笑った。
私は言った。
「お前をここから連れ戻すことが出来るか、私は賭けをしたんだ。」
アーニャが驚き叫んだ。
「賭け? あたいを連れ戻せるかどうかで・・・? 一体、どういうことなのよ?」
私は、御者のヴィロンスキーと1エーカーの麦畑を賭けて勝負したいきさつを、全て彼女に語った。そして言った。
「私はこの賭けに負けた。 そればかりではない、自分の短気が原因でつまらない賭けをして家族を失い、そして農場も全て失ってしまったんだ。」
アーニャは悲痛な顔で私を見つめた。そして言った。
「あんたはなんて馬鹿な人なのよ! なんで最初からそう言ってくれなかったのよ!」
そしてアーニャは私に駆け寄り、私の頬に顔をこすりつけながら泣いた。
「可哀想な人・・・、あたいたちのために、何てことに・・・。」
「でも・・・、あなたは全てを失ってはいないわ!」
そしてアーニャは私の手を握り締め、叫んだ!
「ねえ! あなたは明日の朝、一人でスタヴォロポリに帰るのよ。」
「あたいを置いて帰って! 今ならば間に合うさ。 農場だって残っている! 奥さんだって、きっと帰ってきてくれるわ!」
私はアーニャに3通の手紙を見せながら言った。
「アーニャ、もう遅過ぎたんだ・・・。」
「私は今日やっと気付いたのさ、自分がこれからどうなろうとしているかということを・・・。」
「私は決断したんだ、そして3通の手紙を書いた。 妻とお前の亭主と、それと御者のヴィロンスキーにね。」
アーニャが驚いた顔でまくしたてた。
「じゃあ、一体どうするつもりなのよ! このままここで野垂れ死にするつもりなの?」
「あなたが、こんなことで不幸になる必要なんて、これっぽっちも有りゃしないわ! 不幸になるんだったら・・・、そうよ!私一人で十分だわ!」
私はアーニャに言った。
「アーニャ、お前はもう気がついている筈さ・・・。」
アーニャが不思議そうに尋ねた。
「一体、何に気がついているっていうのよ!」
全てのことを悟り、私は落ち着いていた。 そうだった、ここまで来なければ、私はこれから自分が進んで行くべき道が見えはしなかったのだ。
私は話し続けた。
「私がこのままの状態で、お前と一緒に・・・、いや! たとえ一人でスタヴォロポリへ帰ったとしても・・・。」
「ゆくゆくは、全ての農場を売り払い、一文無しになってしまうってことがね。」
「そうなれば、今度は私たちだけのことだけではすまされない。 たくさんの人を不幸にしなければならないんだ!」
「その為に、今夜この手紙を書いたんだ。」
もうアーニャは何も言わなかった。 私はアーニャを抱きしめながら言った。
「アーニャ、よく聞いてくれ。」
「この3通の手紙を出すことで、全てが終わるんだ。 私は全てを失うことになる・・・。」
「でも・・・、これでいいんだよ。 これからお前と私は文字通りの一文無しだ、こうするより方法は無かった・・・。」
「私はお前と一緒に、全て最初からやり直すつもりだ。」
「朝から畑も耕そう! 牛の乳搾りもするし、豆畑の水やりだって慣れたものさ! 昔、やらされたことがあったからね。」
「お前と一緒に生きる為なら、何だってやって行こうと思っているんだ。」
アーニャの温かい涙が幾筋も流れ、私の頬を濡らしていた。 彼女は、ただひたすら泣き続けた。
それは・・・、アーニャが今日まで生き、そして耐え続けた悲しみを、ひたすら洗い流すことだったのかもしれない。
アーニャが小さな声でささやいた。
「あなた・・・、一つお願いがあるの・・・。」
「さっきの指輪・・・、あたいが貰ってもいい?」
私は、ポケットからリングを取り出すと、そっと彼女の薬指に挿して(さして)やった。
〜こうしてその時から、私たちは生涯の夫婦となった。〜
〜続く〜
∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞
今日も最後まで、ありがとうございました。
新年も二日目になりました。 あなたは、いかがお過ごしでしょうか? 私はただ今、風邪真っ盛りです。(笑 こんな調子なんで、ブロ友さんへのご訪問はコメントなしの応援のみ駆け足ですが、どうぞよろしくお願い申し上げます。
初詣に行ってまいりました。 犬鳴山不動尊、辛国神社、藤井寺観音菩薩と昨日中にお参りを済ませ、あなたの祈願されることを祈祷してまいりましたので、ご報告申し上げます。
その時の写真につきましては、また1月5日以降にアップさせていただきます。 よろしくお願いいたします。
年末から新年にかけて、私の書いた小説を皆さんに読んでいただけたらと思い、PDFの冊子として5回に分けてダウンロードしていただけるようにしております。
本日は、『朝の告白』〜第3話 堕落 です。
主人公の農園主が、いかにして堕落し、その結果一からやり直そうと決断するかまでの心の葛藤を書いています。
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この企画は、大晦日から1月4日までのイベントとさせていただいております。
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∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞
あたいは、あの男と一緒になる前に、バクチに狂った親父から逃れようとして、家を飛び出したことがあるの。
親父はまだ16だったあたいを、自分のバクチの金を作る為に売り飛ばそうとしたのよ。
そのことを知って、あたいは殆ど何も持たないまま、ここネヴィンノムィスクの近くまで歩いて逃げてきたの。
そして、何も食べずに歩き続け、クバン川のほとりで倒れてしまった。 その時にあたいを助けてくれたのが、あのルドルフ少尉の部隊だったのよ。
彼は私に優しくしてくれたわ、あの人がネヴィンノムィスクに居る間、私たちは夢のような生活を送ったの。
毎晩ドレスを選んでダンスに出かけたわ・・・。その頃よ、カジノに行くことを覚えたのも・・・。
でも、そんな幸せも長く続かなかったわ・・・。
あの人には妻子が居るの。サンクトペテルブルグ(注20)の出身で、今もそこに家がある筈よ。
彼の家系はもともとはずっと貴族だった。 彼の父は内務省の下士官で、そんなこともあってペテルベルグの士官学校を卒業すると、彼はあんな歳で将校になったのよ。
彼の赴任先はずっとここネヴィンノムィスクの駐屯地だったから、彼がここに居る間、私はずっと公然の彼の内妻だったというわけよ。
「これでわかったでしょ? 私がここでこうやって遊んでいられるわけが・・・。」
私はアーニャに尋ねた。
「それなら、お前はどうしてドゥエルと一緒になんかなったんだ?」
アーニャが続けた。
彼が居る間は良かったわ。 でも彼が軍に戻りしばらくすると、親父がやって来たの、私から金をせびり取る為にね・・・。
そして、巻き上げれるだけの金を巻き上げ、全てバクチで使い果たすと、親父は私をまた地獄の家に連れ戻したわ。
そしてあたいはスタヴォロポリの家に連れ戻されると、すぐにピャチゴルスクへ無理やり連れて行かれ、客を取らされた・・・。
あの男は、あたいが体を売って稼いだ金を一文残らずバクチに使い果たし・・・、それからしばらくして、酔っ払って馬車にはねられて死んだわ。
アーニャはそこまで話すと立ち上がり、グラスにウオッカを注ぐと半分近くまで飲んだ。 私は、アーニャに尋ねた。
「ドゥエルとは、どこで知り合ったんだね?」
あの男はピャチゴルスクで、あたいの客だった。 あの頃は優しくて、来るたびにいろいろと私の話を聞いてくれたわ。
そのうちにあたいも、この男とならちゃんと生きていけるかもしれないと思い出した・・・、幸せに結婚出来るのなら、この男と一緒になってもいいと思ったのよ。
そして、彼についてスタヴォロポリへ行き正式に彼と結婚したの・・・、あとはあなたの知ってのとおりだわ。
私は改めてアーニャの顔を見た、そしてこう思った。
“この、どう見ても18くらいにしか見えない女に、何と言う過酷な人生の試練があったのだろう!”
“私はこの歳まで生きてきて、苦労と名の付く物は殆ど経験してこなかった・・・。”
アーニャが言った。
最初はね、あたいもいい奥さんになろうと努力したわ。 でも、それが無駄なことだということにすぐに気が付いたのよ・・・。
私はアーニャに言った。
「どうしてだ? お前たち一家は何不自由無く、暮らしていたじゃないか?」
「それに・・・、ドゥエルは良く気がつくし面倒見の良い男だ。お前と一緒になってからは一切遊びもせずに、真面目にやっているじゃないか!」
アーニャは悲しそうな声で呟いた。
「昨夜もあなたには話したわ・・・。なぜだかわからない! でもあたいは・・・、」
「あたいが居て世話を焼かないと、無茶苦茶になりそうな男で無いと、一緒に暮らしていけないんだよ!」
私は言った。
「アーニャ、一つ聞こう! ではこの私も、お前が居ないと破滅する、そんな男だというのかね?」
アーニャが笑いながら言った。
「その通りさ! 危なくって、見てられやしない・・・。」
「だから、あたいはあんたを選んだのさ! そんなあんたが好きなんだよ・・・。」
重ね合わされたその唇は、かすかに塩の味がした。 それは、今までこの女が生きてきて味わった、苦難の人生そのものだったのかもしれない・・・。
私はアーニャの肩を抱き言った。
「お前は親分肌なんだよ、だから自分で何もかも取り仕切らないと、気がすまないのさ。」
「でも女というものは、そもそも男に仕えて家庭を守り、そして幸せを築いていくものなんだ。」
アーニャが言った。
「じゃあ、あたいの母はどうなるのさ? あんなきちがいの男の面倒を20年以上見続けてきたんだよ。」
「今でも覚えているさ、あの男の機嫌が良いのはバクチに勝って帰ってきた晩だけで、負けた時はそりゃ酷いものだった・・・。」
「あの男は帰ってきたら、真っ先に金をせびった。 金が無いとわかるとあたいたちに容赦なく手を出した。」
「そんな男に仕えて、何が幸せなもんか!」
「それでも母は文句一つ言わずに、辛抱してあたいたちを女手一つで育てたのさ。」
「確かに、あたいが売り飛ばされそうになった時は、半狂乱になって抵抗したけど・・・。」
アーニャはそこで一息つき、残りのウオッカを飲み干した。そして言った。
「でもドゥエルと一緒になってわかったのよ、優しくはされるが、ここにあたいの居る場所は無いって・・・。」
「そして思ったのよ。 こんなまま年老いていくのは絶対に嫌だって・・・。」
私が言った。
「それで、農場を逃げ出したってわけか?」
「そうよ、なけなしの金を持ってここネヴィンノムィスクへとやってきた。 勿論、ルドルフは喜んでくれたわ。」
「そうして、また以前のような生活をすることになったのよ。毎晩カジノに行って遊び、お呼びがかかれば彼の官舎へ招かれて彼に抱かれる、そんな毎日よ・・・。」
彼女が上目遣いで私の目を見た。
「あたいの必要なお金は、全部彼が出してくれているのよ。だからあたいは何不自由なく、ここで遊んでいられるわ。」
「彼との事、妬いて(やいて)いるの?」
“妬いている・・・?”
そうだ、確かに今の私はこの女の相手の軍人に嫉妬している。 我ながら勝手な男だ、妻子が有りながら・・・。
アーニャが言った。
「でもね・・・、あたいはルドルフとずっと付き合っていく気はないわ。」
「母がもう弱ってきているし、近いうちにまたスタヴォロポリに帰らねばならない、そう思っているのよ。」
「ねえ、イワンさん。 あたい、あんたに付いてスタヴォロポリに帰ってもいい、ただし一つお願いが有るのよ・・・。」
〜私は驚いた、アーニャがあっさりと帰る事を了解したからだ。〜
「願い? それはどんな願いなんだね?」
アーニャが言った。
「あなたには、奥さんも子供もいるわ。 だから無理は言いたくないの、でも・・・。」
「たまにはあたいの家に来て、あたいを抱いて欲しいの!」
「そして・・・、あの男の所へは絶対に戻さないで!」
私はふと時計を見た、もう午後3時を回ろうとしている。召使のマスラクに宿を取らせねばならない。
私は部屋にアーニャを残し、ホテルの外に出た。 複雑な心境だった。
“このままスタヴォロポリに戻っても、私はアーニャとの関係を続けるのか?”
ドゥエルにはどう話したものだろう、いやそれどころか、このままではあの御者との賭けに負けてしまうのだ。
そうすれば、1エーカーという土地をくれてやらねばならないのだ。
私は歩きながら考え続けた。御者との賭けに負けるわけにはいかない、さりとてアーニャをドゥエルの元へ戻すことは不可能だろう。
“一体、どうしたものか・・・・”
そしてふと思った。 そればかりか、私は昨夜の勝負で40万ルーブルもの大金を失っているのだ。これも、なんとかせねばならない・・・。
用を済まし私が部屋に戻ると、アーニャが言った。
「さあ! カジノへ行こうよ。 もういい時間じゃない!」
私はアーニャに言った。
「お前はそれにしても、バクチが好きな女だな! 今日も行こうというのかい?」
アーニャが笑い出した。私はそれを見て言った。
「アーニャ、何がおかしい!」
アーニャが笑い転げながら言った。
「だって、おかしいじゃない! 」
「今日、あそこに一番行きたい客はあんたの筈じゃないの・・・。」
アーニャは続けた。
「40万ルーブルも一晩で摩っちまったんだよ! 誰だって、カジノが開けば取り戻しに行きたいと思う筈よ。」
〜図星だった。〜
その時の私にとって一番問題だったのは、アーニャを連れ戻すことでも、御者との賭けに勝つことでも無かった。
昨夜失った40万ルーブルを、まず今夜取り戻そうと、そう心の中で決めていたのだ。
そして、その金を取り戻してからアーニャを連れ帰り、御者との賭けに勝つことを考えようとしていたのだ。
〜愚かな選択だった。〜
“いや、それは愚かというよりも無知といった方が良かったのかもしれない。”
“そう! 賭博で失った金を賭博で取り戻すことが出来ると・・・、私はそう考えていたのだ。”
“賭けることで失った金は二度と戻っては来ない”そのことを、私はその日が来るまで全く知らなかったのだ。
〜こうして、私は6つ目の過ちを犯した。〜
それから私たちは着替えを済ますことにした。 私は黒いビロードの上着に帽子をかぶり、アーニャは昨夜の薄いピンクのドレスに代えて、濃いワインレッドのドレスを選んだ。
私とアーニャは近くのダンスホースに出かけた。 しばらくの間そこで踊りながら夜までの時間を費やそうと思ったのである。
私たちはショパンの曲に合わせ、マズルカ(注21)を踊ったりして過ごしたが、アーニャは百姓娘とは思えぬほど、軽やかに身を翻し(ひるがえし)上手に踊った。
〜彼女は、さながらダンスホールの花のようだった。〜
着こなしも、振る舞いも、会釈(えしゃく)の仕方も、そしてダンスの上手さも、全て社交界で立派に通じることだろう。
きっと何も知らない社交界の人々は、彼女を愛すべき一人の乙女として見守っているに違いない・・・。
アーニャが大きくステップを踏みながら叫んだ。
「あたい、今まで生きてきて、今が一番幸せかもしれないわ!」
私は彼女の耳元で、笑いながら囁いた(ささやいた)。
「それは結構だが、その“あたい”と言うのを何とかしないかね? お前の素性(すじょう)がまるわかりだ!」
今考えてみれば、アーニャと踊ったあの時が、私の人生の中で一番幸せなひと時だったのかも知れない。 私は今も覚えている、そして決して忘れることはないだろう・・・!
あのダンスホールの中のざわめきを、シャンデリアの黄色い炎の美しさを、そこで口にしたワインの甘く饒舌(じょうぜつ)な香りを、そして煌き(きらめき)ながら踊るアーニャの美しい肢体(したい)を・・・。
〜そして6曲目のワルツが終わった時・・・。〜
私たちは心地よく疲れていた。 ダンスホールを後にして、寄り添って石畳の道を下り、ホテル・ドゥレステンへと向かった。
夕日がクバン川に映えて美しかった、カフカス山脈から湧き出る大河は、あたり一面のひまわり畑と相俟って(あいまって)黄金に染まり、早くも夏の終わりを告げようとしていた。
〜そう、この時私は知らなかったのだ!〜
私がこれから、どれほど大きな人生の過ちを犯そうとしていたのか、そして・・・。
その日からここネヴィンノムィスクで、自分が冬を迎えることになろうとは・・・、
“知る由もなかったのだ。”
私たちはホテル・ドゥレステンに着くと、早速地下への階段を下りた。
カジノはもう既に客で半分くらいは埋まっており、私たちは昨夜と同じテーブルに着いた。 アーニャが耳元でそっと言った。
「ゆうべと同じディーラーだわ!」
私たちは喉の渇きを癒す(いやす)ためにビールを注文し、ボーイから交換したチップを受け取った。
痩せて目の鋭いディーラーが、鮮やかな手つきでカードをシャッフルした。 そして、ゆっくりとカードを配っていく・・・。 こうして、私にとって3度目のカジノの夜が始まった。
最初、私は運に恵まれていた。 瞬く間に、目の前にチップの山が出来た、席について僅か(わずか)30分も経っていない。
アーニャが、溜め息混じりに言った。
「凄い・・・、もう50万ルーブルは勝ちよ!」
“そう! この時既に、私は目的を達成していたのだ!”
昨日の負けを取り戻すことだけならば、この時点で既に十分足りていた。 しかし私は賭けることをやめようとはしなかった・・・。
〜こうして、私は破滅への道を歩むことになった。〜
ここまで話し終えると、老人は少し疲れたように椅子にもたれ、口を半ば開いたままで目を閉じた。
アレクセイが言った。
「イワン・オフロフスキーさん、お疲れなのでしょう? 少しお休みになってはいかがでしょうか?」
老人が目を閉じたままで答えた。
「アレクセイ、大丈夫だ・・・!」
老人は語り続けた。
「そして・・・、それきり私は自分が賭けで失った金を取り戻せることは二度と無かった・・・・。」
それから私は、その日のうちに殆どの金を使い果たし、明日の路銀にも事欠く有様となった。
私は、妻のリザに手紙を書いた。そして、召使のマスラクの宿へ行き、彼にこう伝えた。
「マスラク! お前は明日の朝一番にここを発ち、スタボロポリへ戻るんだ。」
「そして、この封書をリザに届けて欲しい。 そして、次の馬車をすぐによこすように伝えてくれ。」
その時の私の頭の中にあったのは、とにかく今までに失った金を取り戻すことしかなかったのだといえるだろう。
そして私はその日、たった一度だけ訪れたチャンスを逃したことを、限りなく悔やんでいたのだった。
私は心の中で、願っていた、そして信じていた、いや、祈っていたのかもしれない、失った金をいつか取り戻すことが出来るのだと・・・。
しかしながら、それは叶えられなかった。 あの時以来、今日に至るまで叶えられはしなかった・・・。
〜そして、私は全てを失ったのだ。〜
少し咳き込んだ後、しゃがれた声で老人は話し続けた。 アレクセイは、老人の言葉を一言たりとも聞き逃すまいと、集中して話に聞き入った。
老人が続けた。
「それから数回に渡り、私は召使に命じリザに金策の手紙を持ち帰らせた・・・。」
「いつしか季節は変わり、ネヴィンノムィスクの秋は終わり、冬が訪れようとしていた。」
そんなある日、いくら待てども、馬車はやって来なかった。3日遅れでやってきた馬車には私の着替えと共に、次のような手紙が添えられていた。
>愛するあなた
>
>私は今、悲しんでいます。
>
>ここスタボロポリでも、あなたの噂は
>時々耳にします。
>
>若い女と共にカジノにいるという
>そんな噂を聞き、私は悲壮な思いでいます。
>
>それでも、私はあなたを信じています
>笑って、ここへ帰ってきてくれると
>そう信じて待っています。
>
>今回は、おっしゃっただけのお金を
>用意することは、もう出来ませんでした。
>
>蓄えが尽きたのです。
>牛を4頭売りました。
>これがそのお金です・・・。
>
>お体に気をつけて・・・、そして
>一刻も早くお帰りになることを
>心から祈っています。
>
>子供たちもあなたのことを
>心配しているわ。
>
>
>リザ
私はリザからのこの手紙を読んで、胸が締め付けられる思いだった。 ただし、そう思ったのも最初だけだった。
彼女からの手紙の中には、少し汚れたルーブル紙幣が丁寧に折り重ねられて入っていた。
〜30万ルーブルしか、入っていない・・・・。〜
私は、その金を送ってくれた人が、どれほどの苦労をしてそれを工面し、送ってくれたかということさえ考えずに、単にその金額を使って、今夜どうやって賭けるべきかだけを考えていた。
その時に私の頭の中に有ったのは、もはや、賭け続ける事だけだったのだ。
30万ルーブルという金は、4回の勝負で消し飛んだ。 私はじきに無一文になり、再びリザに向けて手紙を書いた。
>愛するリザへ
>
>心配をかけて申し訳ない。
>
>どうしても今、まとまった
>金が必要なんだ。
>
>工面するのに、苦労もあるだろう
>でも何とかして欲しい。
>
>金が無いと、何も出来ない
>今はそんな状況なんだよ。
>
>落ち着いたら、すぐに戻るから
>何とか頼む。
>
>
>無理を言ってすまない。
>
>
>イワン
〜私は完全に狂っていた。〜
どんなに妻に、そして家族に、申し訳ないと思う気持ちが湧きあがろうと、決してそれは賭博する行為を止めるには至らなかった。
頭の中ではどんなに、今自分のしていることが無茶苦茶なことだとはわかっていても、それは賭博の魅力の前には全く無力だったのである。
私は妻に嘘まで言って金策させ、自分は働くこともせずに朝から晩までアーニャと一緒に遊び呆けていた。
そして金が届くと、いそいそとカジノへ出かけて有り金残らず使い果たす、そんな堕落した生活を毎日続けていたのだ。
そのうちにアーニャも、愛人だったルドルフから愛想を尽かされ、全ての援助を打ち切られることになった。
そもそもの原因は彼女の金遣いの荒さだが、他方では彼に新しい女が出来たことも原因だったらしい。
私たちはホテルの部屋を引き払って近くに木賃宿を捜し、いかにも狭い一部屋で一緒に生活することとなった。
そのうちに私とアーニャは着飾ることもしなくなり、食事さえ満足に摂らず過ごすようになった。
アーニャの煌びやか(きらびやか)なドレスや持ち物は、全て賭博の賭け金となり消え失せて行った。
そして、私がリザに最後の金策の手紙を託したその8日後に、次の馬車がやってきた。 御者台の上に見覚えのある顔があった、私は驚いた!
“ドゥエルだ、ドゥエルがやって来たのだ!”
馬の手綱を引くその男は、まさしくドゥエルだった。 ドゥエルは私の顔を見るなり、駆け寄りそして私の足元に跪いた。(ひざまずいた)
「旦那様・・・、よくぞご無事で! あっしの為にこんなことになっちまって・・・、本当に申し訳ございません。」
ドゥエルは人目を気にようともせず、地面に頭をこすりつけて私に詫びた。彼の目から大粒の涙が溢れ出た・・・。
私は言った。
「ドゥエル、もういいんだ。 頭を上げなさい、それよりあちらの方はどんな様子かね?」
ドゥエルが答えた。
「旦那様、奥様がとても心配しておいでです。 今回はこれを預かって参りました。」
そう言って、ドゥエルはリザからの手紙を手渡した。
「それと・・・、奥様は牧場の一部とトウモロコシ畑を手放すと、そうおっしゃられています。」
そして、召使は心配で張り裂けそうな自らの胸の内を語り始めた。
「旦那様、一体何があったんでございますか? あの夜、あっしがとんでもないお願いを口にしたが為に、こんなことになっちまうなんて・・・、」
「どうぞ、おっしゃってくださいまし! もうこれ以上、旦那様と奥様にご迷惑をかけるわけにはいきません!」
私は言った。
「ドゥエル、心配いらないよ。 お前のせいで帰るのが遅くなっているのではないんだ。」
ドゥエルが言った。
「旦那様、女房のアンナは、今日これからあっしの手で掴まえて(つかまえて)、連れ戻します。 ですから・・・、もうこれ以上奥様に心配をかけないでくださいまし・・・。」
私はドゥエルの目を見つめ、言った。
「いいか! ドゥエル、よく聞くんだ・・・。」
「アーニャは、もうお前の元へは帰らないと言っている・・・。」
ドゥエルが悲痛な叫び声をあげた。
「だ旦那様・・・、それじゃ、あの男に1エーカーの麦畑をくれてやることになりますだ・・・!!」
「それはなりません! 絶対にそれだけはお止めくださいまし・・・!」
「それに・・・、あいつが帰って来ないとなると、赤ん坊をこれからどうしたものか・・・。」
ドゥエルは肩を落として、呟いた。 私は言った。
「ドゥエルよ、私は何も必ずそうなると言っているわけではないんだ! アーニャに今お前がいくら言っても無駄だ。もうしばらく待つんだ。」
「ここは私に任せておけ!」
私はドゥエルにそう言ってはみたものの、既に結果は見えていた。 もうどうにもならないことを、私は知っていたのだ。
そして口には出さなかったが、ただひたすら、自分の女房を失った哀れな召使に対し罪悪感を感じていた。
“理由はともあれ私は、この男の女房を寝取ったのだ。”
〜私は悲壮な面持ちで召使を故郷へと送り出した。〜
それは粉雪が舞い、いつもより早い冬の訪れを感じさせる、ある晴れた午後のことだった・・・。
私はドゥエルを送り出すと、リザからの封書を開いた。 封書を開けると同時に、何か光る物が転がり落ちた。
〜私はそれを拾い上げると、そっと目を凝らしてみた。〜
“それはまさしく、私がリザに送ったリングだった。”
鮮やかに、私がリザと知り合い、そして彼女に求婚した時のことが想い出された。 そうだ! 私がリザにこの指輪を送ったのは、彼女が18の時だった・・・。
私は、そのリングをポケットに仕舞い込むと、彼女の手紙を読み始めた。
>愛するあなた
>
>今日で、私があなたのことを
>あなたと呼ぶのは終わりだわ
>
>今日、私は一つの決意をしました
>子供たちを連れて
>故郷に帰る事にしたのです。
>
>これ以上あなたの言うとおりにすれば、
>農場の小作や召使たちが
>暮らしていけなくなるからです。
>
>そして・・・、
>子供たちも、私も、
>このままでは生きていけません。
>
>最後に、空いていたトウモロコシ畑と
>牧場の半分を売りました。
>
>もうこれ以上のことをして、
>お金を作ることは出来ません。
>
>あなたが引き継いできたこの農場を
>まだこの上、勝手に処分することなど
>私には到底出来ませんもの・・・。
>
>お許し下さい。
>
>そして、どうぞご無事で・・・。
>
>
>最後に・・・、
>
>今日まで愛してくださったことを
>心から感謝しています。
>
>さようなら
>
>
>リザ
私はその手紙を読み終えたとき、涙が止まらなかった。
“おお、リザ! 私はお前に何と酷いことをしたのだろう!”
でも、私はもう止まることは出来ないのだ。 今回リザが血の滲む(にじむ)思いをして送ってきてくれたこの金を使って、負けた金を取り戻すまで故郷には帰ることが出来ないのだ!
私は心の中でそう叫びながらも、実際は今宵勝負することが出来る喜びを密かに感じていた。
〜そこまで、私は堕落していたのだ。〜
リザは良い妻だった、彼女が故郷のエルブルス山(注22)の麓(ふもと)の実家まで帰るということも気にかかった。 しかし、その時の私にとってそんなことは些細なことだった。
この金を元手にして、勝負に勝てば全てうまくいくと考えていたからだ。
“そうだ! 勝ちさえすれば良い。” そうすれば、すぐにアーニャを連れてスタヴォロポリへも戻れるし、リザを迎えに行くことも出来るだろう!
“勝てば、全てがうまくいく! そう! 勝てば良いのだ!”そう私は考え続けていた。
あたかも、こんな大切な金銭を弄ぶ(もてあそぶ)ことが、自分の人生の使命であるかの如く・・・。
私は宿に戻るとアーニャに、受け取った130万ルーブルの札束を見せて言った。
「今日は、これだけの送金があった・・・。」
アーニャが言った。
「凄い大金じゃない! どうしたのよ?」
私は言った。
「リザがトウモロコシ畑全てと、牧場の一部を手放して得た金だ・・・。」
アーニャは早速そのうちの数枚を掴み、黒パンとチーズとハム、そしてワインを手に入れて戻ってきた。 私たちはここ数日、食事らしい食事を殆ど何も摂っていなかったのだ。
アーニャがワインを一口、口に含むと言った。
「おいしいわ! ワインなんか久しぶりよ。」
私は言った。
「アーニャ、今日ドゥエルがやって来た・・・。」
彼女の顔が青ざめた、彼女は急に立ち上がり、そして言った。
「あいつが来たの!? 今どこに居るのよ、まだこの街に居るんじゃないだろうね?」
「お前を連れ戻そうと考えていたらしい・・・。」
「でも、無駄だと言ってもう帰らせたよ。 そして、ドゥエルからいろいろと話を聞いた・・・。」
私は溜め息をつき、ポケットからリングを取り出すと、それをアーニャに見せながら言った。
「妻のリザが、実家に帰ると言って来た・・・。 私はこの上、一体何を失えば良いというんだ?!」
アーニャが言った。
「そんなの、あたいだって同じことさ! こうなっちまったら、もう失う物なんかありゃしない・・・。」
「でも、そうね・・・。」
アーニャは寂しそうにうつむいて言った。
「あたいは、そもそも失う物さえなかったのよ・・・。」
私たちは、久々に食を満たしくつろいでいた。 私はアーニャに尋ねた。
「アーニャ、ところでこの金のことなんだが・・・、」
「お前はどうしたら良いと思うんだ?」
アーニャは言った。
「決まっているじゃない! 勝負するのよ。」
「もうそろそろ、ツキが回ってくる頃よ。 これだけのお金をかけて勝負すれば、チャンスは有るわ。」
アーニャは続けた。
「一儲けしたら、あんたとあたいはスタヴォロポリへ戻るのさ。そしてね・・・。」
アーニャが私の首に腕を巻きつけながら言った。
「あたいとあんたは、一緒に暮らすのさ。 あたいは、あんたの子だったら何人だって構いやしない、産んでちゃんと育てるさ。」
「そして、今度こそ幸せになるんだよ!」
私は気分が重かった。 もし今夜この金を失えば、次に私が失うのは金ばかりでは無いことを良く知っていたからだ。
私はアーニャに言った。
「もしこの金を全て失ったらどうする?」
「また新たに金を工面するとなれば、お前も知っての通り農地を売り払うしか方法が無いんだよ。」
「そこで小作させている百姓たちを追い出して、売るしかないということだ。」
私は続けた。
「そうなれば、何十人という小作が路頭に迷う事になるだろう・・・。」
「それでも、私にこの金で勝負しろとお前は言うのかね?」
アーニャが言った。
「勝負なんか、やって見なければわからないもんさ!」
「勝つか負けるかわからないことに、最初から怯えてたってしょうがないよ。」
アーニャが続けた
「やってみて考えりゃいいじゃない! 負けたら負けた時のことよ。」
私にも異存はなかった、そうするしか方法が無いと思っていたからだ。 いや・・・、私はアーニャのその言葉をむしろ待っていたのかもしれない。
その夜、私たちは久しぶりにカジノに出かけた。相変わらず、カジノは人で溢れている。
よくこれだけ、賭ける事が好きな人間が多いことかと私は思った。しかし、私もそのうちの一人なのだ。
“これがおそらく最後のチャンスなのだろう。”そう思うと、私は少し緊張した。
そんなこともあって、最初は大きく賭けることが出来なかった。 3回連続で勝った。 しかし、勝ったとはいえ賭ける額が少ない為に、せいぜい元金の倍が精一杯だった。
アーニャが苛立ちながら言った。
「大きく勝負しないと、駄目だわ。 そんな小さい額で賭けて勝っても、意味無いじゃないの!」
私はそんなアーニャの言葉に圧されて大きく勝負に出たが、今度は立て続けに負け、持っていた金の半分を失った。
〜今まで勝負をしていて感じたのは、一度失った運はまず間違いなくその日のうちに帰っては来ないということだ。〜
まさしくその日もその状態で、最初に3回勝っただけで後は全く良いところが無く、いつしかいつも通り全ての金を失ってしまった。
私とアーニャは、途方に暮れカジノを後にした。 今日、ドゥエルから130万ルーブルもの金を受け取り、そして一晩どころかものの2時間くらいで、私はその金を摩ってしまったのだ。
ホテルの外に出ると、雪が降り始めていた。私はアーニャと雪が積もり始めた小路を歩きながら考えていた。
元はといえば、私はそもそも御者とつまらない賭けをして、こうやってネヴィンノムィスクまでやって来た。
〜そもそも自らが賭けている者が、賭けに夢中になっている女を連れ戻せるわけなど無いのだ。〜
そして、これ以上取り戻そうとして賭け続けることはもはや無駄だと・・・、そう悟ったのである。
アーニャはさっき言った、私はそもそも失う物など無いと・・・。 しかしこの時私は、ふと気付いたのだ。 自分にはまだ失ってはならない物が残されていることに気付いたのだ・・・。
〜私はある決断をし、大きく息を吸い込んだ。〜
私はこの時自分が何者かから開放され、自由になったことを感じていた。
不思議な感覚だった。余りにも多くの物を失ったにもかかわらず、なぜか体は充実感で満たされていた。
今思えばまさにこの時が私にとって、新たなる人生の始まりだったのだ。
私は宿に戻ると、3通の手紙を書いた。1通はリザに宛てた手紙、1通はドゥエルに宛てた手紙、そしてもう1通は、御者のヴィロンスキーに宛てた物だった。
手紙を書き終えると、私はアーニャに言った。
「アーニャ、私はここに来てからずっと、お前に隠し続けて来たことがある・・・。」
「今夜、お前にそのことを話すことにした・・・。」
「何なの? お互い今さら、隠すことも何も有ったもんじゃないわ!」
「それでも何か、このあたいに隠していることでも有るっていうの?」
そう言うとアーニャは、最後の金で手に入れた黒パンを頬張りながら笑った。
私は言った。
「お前をここから連れ戻すことが出来るか、私は賭けをしたんだ。」
アーニャが驚き叫んだ。
「賭け? あたいを連れ戻せるかどうかで・・・? 一体、どういうことなのよ?」
私は、御者のヴィロンスキーと1エーカーの麦畑を賭けて勝負したいきさつを、全て彼女に語った。そして言った。
「私はこの賭けに負けた。 そればかりではない、自分の短気が原因でつまらない賭けをして家族を失い、そして農場も全て失ってしまったんだ。」
アーニャは悲痛な顔で私を見つめた。そして言った。
「あんたはなんて馬鹿な人なのよ! なんで最初からそう言ってくれなかったのよ!」
そしてアーニャは私に駆け寄り、私の頬に顔をこすりつけながら泣いた。
「可哀想な人・・・、あたいたちのために、何てことに・・・。」
「でも・・・、あなたは全てを失ってはいないわ!」
そしてアーニャは私の手を握り締め、叫んだ!
「ねえ! あなたは明日の朝、一人でスタヴォロポリに帰るのよ。」
「あたいを置いて帰って! 今ならば間に合うさ。 農場だって残っている! 奥さんだって、きっと帰ってきてくれるわ!」
私はアーニャに3通の手紙を見せながら言った。
「アーニャ、もう遅過ぎたんだ・・・。」
「私は今日やっと気付いたのさ、自分がこれからどうなろうとしているかということを・・・。」
「私は決断したんだ、そして3通の手紙を書いた。 妻とお前の亭主と、それと御者のヴィロンスキーにね。」
アーニャが驚いた顔でまくしたてた。
「じゃあ、一体どうするつもりなのよ! このままここで野垂れ死にするつもりなの?」
「あなたが、こんなことで不幸になる必要なんて、これっぽっちも有りゃしないわ! 不幸になるんだったら・・・、そうよ!私一人で十分だわ!」
私はアーニャに言った。
「アーニャ、お前はもう気がついている筈さ・・・。」
アーニャが不思議そうに尋ねた。
「一体、何に気がついているっていうのよ!」
全てのことを悟り、私は落ち着いていた。 そうだった、ここまで来なければ、私はこれから自分が進んで行くべき道が見えはしなかったのだ。
私は話し続けた。
「私がこのままの状態で、お前と一緒に・・・、いや! たとえ一人でスタヴォロポリへ帰ったとしても・・・。」
「ゆくゆくは、全ての農場を売り払い、一文無しになってしまうってことがね。」
「そうなれば、今度は私たちだけのことだけではすまされない。 たくさんの人を不幸にしなければならないんだ!」
「その為に、今夜この手紙を書いたんだ。」
もうアーニャは何も言わなかった。 私はアーニャを抱きしめながら言った。
「アーニャ、よく聞いてくれ。」
「この3通の手紙を出すことで、全てが終わるんだ。 私は全てを失うことになる・・・。」
「でも・・・、これでいいんだよ。 これからお前と私は文字通りの一文無しだ、こうするより方法は無かった・・・。」
「私はお前と一緒に、全て最初からやり直すつもりだ。」
「朝から畑も耕そう! 牛の乳搾りもするし、豆畑の水やりだって慣れたものさ! 昔、やらされたことがあったからね。」
「お前と一緒に生きる為なら、何だってやって行こうと思っているんだ。」
アーニャの温かい涙が幾筋も流れ、私の頬を濡らしていた。 彼女は、ただひたすら泣き続けた。
それは・・・、アーニャが今日まで生き、そして耐え続けた悲しみを、ひたすら洗い流すことだったのかもしれない。
アーニャが小さな声でささやいた。
「あなた・・・、一つお願いがあるの・・・。」
「さっきの指輪・・・、あたいが貰ってもいい?」
私は、ポケットからリングを取り出すと、そっと彼女の薬指に挿して(さして)やった。
〜こうしてその時から、私たちは生涯の夫婦となった。〜
〜続く〜
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今日も最後まで、ありがとうございました。
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タカビー












もう大丈夫・・・のはず
小説はダウンロードして読ませていただきます。
早く良くな〜れ〜Ψ(`∀´)Ψウケケケ
院長先生、どうもありがとうございます。
今、帰ってまいりました!
おかげさまで、随分体調快復しました。
明日からは、普段どおりにご訪問できるかと。
ありがとうございました。