こんにちは、タカビーです。

昨日の続きです。


我慢には限界がある 

人間という生き物は弱いもので、我慢し続けるという事がなかなかできません。 我慢にも限度があるのです。

昨日の記事で私は「最初は我慢」と書きましたが、我慢が限度になる前に、そうしなくても良い方法を取っていく必要があると思います。



■我慢には限界があり 我慢は当てにできない

私が今までに提唱し続けてきた方法とは、どちらかといえば我慢することよりは物理的に行けない方法を取るということでした。禁パチ・禁スロ3原則がそうですね。

依存症ギャンブラーというものは、ギャンブルに行って負ければ悔い改めようとし、逆に勝てば「ノープロブラム」とばかり反りくり返っているわけです。

だから負けたりして自分の不合理さに気づいた時にこそ、行かないための方法を仕込んでおくというのが一番大切なことなのです。 あらかじめ仕込むというのが、大切なことと感じます。


■我慢する以前に

何度も言って来ましたが、誘惑に駆られてパチ屋の前にいるあなたを止めることなど不可能でしょう…。 つまり我慢といっても、我慢できる場合とできない場合があるということです。

しかしながら財布の中にプレーするだけのお金が無いのであれば、パチ屋の前に行く気にもならないでしょう。

そしてくだらない交友を断ってしまえば、ホールの中の好ましくない誘惑ともおさらばできます。 パチ・スロ以外の趣味や仕事などを見つけて没頭すれば、持て余す時間もなくなります。

そういった意味で、意志の力というものをあてにするのは好ましくない方法です。 大切なことは、生活環境と生活習慣を変えることです。

そうすれば我慢という呪縛から逃れることもできますし、そのうち本当に我慢しなくても過ごせるようになってきます。 

どうやらインターネット上では、「内観療法」に関する情報として「我慢したら やめれん」というものがあるようですね。 ですが、克服の基礎は次のようなものです。

1.依存の自覚(基礎 マインド)

2.生活環境と生活習慣を変える(習慣と環境を改善する 多少の我慢が必要)

3.人間関係を構築する(逃避を無くす 社会復帰)

内観療法などでマインドを培い、気付きを得ることは重要なことです。 ですが依存というものは、それだけで克服できるほど甘いものではありません。 周囲の人々への罪悪感は、衝動に負けてしまうことが多いです。

いろいろな方法が組み合わされてこそ、一定の効果が得られるように感じます。 あなたの参考になれば幸いです。

今日も最後まで、ありがとうございました。

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