こんばんは、タカビーです。

最近、依存者のご家族からの相談が多いです。今夜からしばらく、共依存についてお話していきたいと思います。


依存は否認の病とはいうが…

依存は否認の病といわれます。 これはどういったことかといえば、2つの意味があると私は思います。

・自分が依存していても それを問題のある行動だと感じていない

・依存というものに問題があるということは認識しているものの 自分が依存していると認めない

日本に存在する「問題のあるギャンブラー」は400万人とも600万人ともいわれています。 その数の真偽はともかく、これだけ多くいる問題のあるギャンブラーの中で、自分が依存していると自覚する人はほんの僅かです。(問題のあるギャンブラーとは すでにコントロールしてプレイできなくなっている人のことです)

殆どの人たちが、自分が依存しているなど考えていないといえます。 といいましょうか、自分がパチ・スロなどに行って数々の問題を引き起こしても、それが依存という病のせいであると考えないのが普通です。

ここで私が何を言いたいのかというと、「金銭問題など数々のトラブルを起こしている人でも 依存を自覚する確率は低い」ということなのです。ましてや自分の行動に正義感さえ持っている依存者だったら、自覚どころの話ではないと思います。

では、「自分の行動に正義感さえ持っている依存者」とは一体、どういった人たちなのでしょうか?

それは共依存者といわれる人たちです。最も屈強に自らの依存を否定する人たちは、共依存者だといって間違いないでしょう。



■不幸の方程式 共依存者と依存者

以前の記事で私は…

>イネイブラーがいる場合、まず間違いなく依存者は克服することができません。 イネイブラーと依存者のコンビは、永遠にギャンブル依存症から抜け出せない「不幸の方程式」なのです…。

ここまで書いて次に私は 「私はそうじゃない 大丈夫!」と思われているあなた…。 果たしてそうでしょうか?と書きました。

再度書いておきますが、共依存者とは「依存者を甘やかせたり手助けして 自立できなくしてしまう人」のことです。 特にギャンブル依存症の場合、ギャンブルするお金の入手経路は共依存者からというのが圧倒的に多いです。

ギャンブル依存症で、依存に直結する一番大きな要素はギャンブルできるお金の存在です。そういったお金がある限り依存は止まりませんので、共依存者の存在は間違いなく、双方ともに破滅する大きな原因となっています。

ところが共依存者のそういった行動は、周りから見ても直接害を与えるわけではなく、問題のある行動と映りません。例えば、パチンコにばかり行って家のことを顧みない夫に代わって、テキパキと働き夫の世話を焼く妻は、子供たちから見れば頼もしく見えてしまいがちです。

だから本人も自分の行動を神聖なものと信じ込み正義感を持っている場合が多く、当然ながら自分のことを依存だなどと考えもしないということになります。

だからこそ、「共依存者はもっとも強力 かつ厄介な否認者である」となるのでしょう。

明日へと続きます。 今日も最後まで、ありがとうございました。

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