おはようございます、タカビーです。

またまた今日から、想い出話を書いてみようと思います。

ボクは今までいろいろな職業・バイトを経験してきました。ちなみに生まれて初めてのバイトは、高校1年の時に通っていた英会話スクールのビラ配りでした。

なんだって?・某自動車会社社員
・某保険会社の外交員
・ドライバー
・倉庫作業員
・自動車検査員
・整備工
・家庭教師
・焼き鳥屋の店員
・理髪のモデル
・某会社取締役
・チラシ配り
・荷役
・社内SE…etc

カッコいいものでは、テニスのインストラクターなんかしてました。ですが、逆に惨めなものではサンドイッチ・マンなんかもあって、あれはひどかったなぁ…。とにかく通行人は看板を見るのでなく、みんなジロジロとボクを見ているわけですから(汗

そしてバイトの期限が終わってヤレヤレと思っていたら、次に客引きやらないかと誘われて(笑 いわゆるポンビキです(爆

ですがいろいろな職歴の中で、良くも悪しくも一番印象に残っているのは「保険の外交員」だったと思います。以下、またまたたわ言モードでよろしくお願いします。


様を付けりゃ いいってもんじゃない

突然、変なハナシだが「お客さん」と「お客様」は違う。ボクの認識だが、他人の名前に「様」を付けりゃいいってもんでもないんだな。「様」は付けていい時と悪い時がある。

例えば、あなたが病院に行ったとしよう。待合で長時間待たされた後に呼ばれたのが、○○様だったらどうだろう? 違和感を覚えないだろうか?

まあこれはボクの考えだが、病院に来ている患者さんは仕方なしに来ている場合が殆どだ。好んで来ているわけではない。

もう一ついえば、喜んでお金を支払っているとはいえないだろう。病気になったから、仕方なしに治療費などを支払っているのである。

おそらくだが、名前に「様」を付けるというのは商売人、もしくはサービス業だ。提供した商品やサービスの対価としてお金を頂戴するからこそ、お客「様」なのである。

では、保険の場合はどうだろうか? おそらくだけどボクの場合、保険屋さんにタカビー様などと言われたら、背筋がゾクリとするような気がする。

だって保険のお客さんって、喜んで保険料を支払っているだろうか? ボクは、とんでもないと思うんだな…。

ボクは保険屋時代にこのことを、コテンパンになるほど思い知らされたってワケだ。



■保険屋時代

この記事を読んでいるあなたもそう思っているだろうけれど、保険料というのは本当に馬鹿馬鹿しい出費である。なぜなら、何らかの事故や障害などが起きない限り、支払ったお金が生きないのである。

つまり平穏無事に過ごしている限り、支払った保険料は全部ムダ銭というわけだ。ここで、「満期時や一定期間経過後に 払い戻しがある契約もあるじゃないか!」とおっしゃるあなたへ。

そういった払い戻し分のお金は前もって、契約者のあなたが積み立てたものだ。その分を上乗せして、保険会社は保険料を決定しているのである。

ここでボクが何を言いたいか。それは、多くの文系の学生が就職を希望する保険業界だが、その内情はというと、「かなりドス黒く ダーティーなものだ」ということだ。客からのイメージも決して良いとはいえないだろう。

今回はボクの備忘録も兼ねて、保険屋時代のことについて書いていこうと思う。


■何でもあり ただし

意見は様々だろうが、ボクは構造改革は失敗だったと思っている。自民の幹部もそれらしいことを言っているわけだから、まあ彼らも大筋で失敗だと思っているんだろうね。だが、やったこと全てが悪かったとはいえないだろう。

例えば不良債権問題解決やコンプライアンスの徹底などは、構造改革上で行われた数少ない善行ではなかったかと思う。

ボクが保険会社の外交員になったのは20年以上前だが、あの頃の保険会社は本当にすごかった。ひとことで言えば、何でもアリだった。コンプラなんて微塵もない時代だった。

・保険料の立て替え
・天ぷら契約(架空契約)
・領収証偽造
・等級温存
・印鑑偽装
・事後契約(事故後保険加入)
・なりすまし
・電話営業
・枕営業
・社内営業
・プレゼント営業
・お誕生日営業

保険料を呑んじゃう豪傑までいたもんだ。(保険料を着服し 事故があったときは外交員が命がけで保険金を支払う)

ただし、そういった業界ではあったが、一つだけわかりやすい鉄壁のルールが存在していた。それは「数字」というものである…。

続く

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