こんばんは、タカビーです。

最近、克服された方からメールを頂戴することが多くなりました。そりゃ長く活動を続けていればいるほど、そうなっていくのは当然ですよね…。掲示板も卒業されていく方が多いですしね。

「今は幸せです!」的な嬉しいお便りが殆どなのですが、皆さんに共通するマインドが一つあると感じます。

それは、「社会的地位を築こうとして努力されている」ことです。

やはりただ、ギャンブルやめるだけでは不十分なんですね。克服した暁には、依存しないために新たな生活基盤を築く必要があると私は思うのです…。


ギャンブラーと根無し草

依存症ギャンブラーというものは、根無し草と同じである。

なぜなら彼らが、努力すべきことから目を背け続けるからである。そして、生きていくのに必要な基盤を持とうとしないからである。

ではなぜそうなってしまうのか? ギャンブルへの依存は、物事の価値観を狂わせる。人間が本来生きる為の目的を見失わせ、ギャンブルだけが唯一そうであると錯覚させてしまうのだ。

依存は、生きることの価値感をギャンブルのみに偏らせてしまう。だから依存症ギャンブラーは生活基盤を築こうとしない…。



■その日暮らし

衣食住について考えてみればそれは一目瞭然である。依存症ギャンブラーの生活はその日暮らしだといえるだろう。

・衣:着ている物に気を使わない

・食:とにかくバクチをする時間を得る為 簡単にすます 自炊なんてとんでもないというわけである 勿論 軍資金確保の為に食べるものもケチる

・住:住居に気を使わないのも 依存症ギャンブラーの特徴だ マイホームを持とうともせず 家賃暮らしでいいからバクチする金を取っておこうと考える

その日暮らしというものは、昔からギャンブラーが持ってきたマインドである。そして、依存症ギャンブラーが根無し草であるという理由は、それだけではない。


■希薄な人間関係

まず、人間関係を構築しようとしない。それどころか、それまでの交友さえも頓挫してしまう。ギャンブルに依存すれば、まず間違いなく人づきあいが億劫になってしまう。だから人脈というか交友が殆どなくなってしまうのである。

だからこそ、依存を克服するためには人間関係を構築する必要があるといえるだろう。


■狂った金銭感覚と備えのなさ

以前のボクもそうだったが、依存症ギャンブラーは金銭感覚がどこかでぶっ飛んでしまっているのだ。だからサンドに放り込むお金を、惜しいとは思わない。むしろ、多くの金を得るための投資だと考えている節がある。

パチ屋通いをしていた頃、ボクは「1万円で飲食するより パチ屋で使う方が生きた金の使い方だ」と思っていた。「これは投資だ もっと多くの金を得る為に必要なものなんだ」と頑なに信じ込んでいたのである。

こういった金銭感覚のズレと勘違いは、ギャンブルするための言い訳となり絶好の口実となる。だからこそ、依存症ギャンブラーは手の届かないアブク銭に目の色を変えたり、負けた金を取り戻そうとしたりするのだろう。

当然ながらそういった生活をしていれば、貯金がない。ギャンブラーというものは 先ほども書いたが日銭暮らしなのである。およそ貯金・計画・将来設計といったものに縁がない…。

ギャンブル依存症を克服したならば、次に考えるべきことは社会復帰と生活基盤の確立である。根無し草のままではいけない。克服した時点というのは、いわばゼロ地点なのである。

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