ギャンブル依存症克服への道 〜パチンコ依存症・スロット依存症・断ギャンブル道場です!〜

ギャンブル依存症を治療し、快復・克服することは大変困難です。どうぞ遠慮なくご相談ください。ここでは、生活環境と生活習慣を改善してギャンブル依存症を克服する方法を、お金の専門家FPがご提供いたします。やめさせたいあなたも、ぜひどうぞ! 

エピソード

苦労知らずのバカはいつか酷い目に遭う(日々の節約は大切だった その3) 

こんばんは、タカビーです。

節約というものを始めて気付いたのですが、「節約とは すぐに結果が出ない」ものでもあるということです。

そしておそらくですが、必ずしも報われるものではないということです。 それは今回の夫婦のように出来るだけ安くリフォームを上げようと思った挙句、悪質業者に捕まってしまうようなケースがあるからです。

といいますか、安い値段にばかり目を奪われているのは、本来の節約とはまた違ったものかもしれません。

ですが、長い目で見れば節約する人としない人の差は歴然と出ます。 節約は長い目で見たときに初めて、その価値を見出せるものなのです。

考えてみれば我々FPだって、お金の専門家というよりは「節約の専門家」です。 そういった意味でようこさんなど、まさに鑑といえるでしょうね。


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
苦労知らずのバカはいつか酷い目に遭う


読んで字の如しですが、当時の私はその夫婦を見て「あれだけ苦労して節約して このザマかい!」とバカにしていました。

で、自分はどうだったのかといえば惨憺たる有様で、貯金もせずあぶく銭を使って好き放題に遊んでいました。

7285494_6c84be5142_m1回呑みに行くと、平然と3万くらい使いました。 1匹2万円のフグを買ってきててっちりをしたり、出前で特上のにぎりを注文したり、韓国のカジノではアッサリと20万円負けたり…。

ゴルフや旅行に誘われて、それがいくら高額であっても、絶対に断らなかったです。

もう今考えれば、バカとしかいいようがなかったです。 他人にも気前がよく、エエカッコしいのヤローでしたね。

所帯は鼻の穴と同じといいます。 小指でも目一杯、親指でも目一杯ということらしいです。 つまり一度贅沢を覚えると、なかなかこじんまりとした生活に戻すことは難しく、これは贅沢することを戒めた言葉だといえるでしょう。

例えば一度良い車に乗ると、次に乗り換えるときグレードを下げるのに抵抗があります。 住まいにしても同じです。 食べるものも同じ…。

私は遊び放題使い放題を「男の甲斐性」などとほざいて、資金調達の為に暇があればパチ屋へ行きました。 帰りが遅くなっても、米やビールを玉と交換して持ち帰り堂々としていました。

ブランド物のネクタイや小物までパチ屋から持って帰ってきていましたから、これは狂っているとしかいいようがなかったです。

あの頃、家人も私が持ち帰るものをあてにしていましたから、こちらも大義名分がたっていたといえます。

ですから、もしもあなたが依存症ギャンブラーの家族なら、本人がパチ屋から何かを持ち帰ってきても、決して喜んだ顔を見せてはなりません。

依存症ギャンブラーは、図に乗ってそれをパチ屋通いの口実にしますからね。

こういったことを書けば

「なんだ! お前は結局修羅場を知らないじゃないか! そんなヤツに何がわかる!」という人がいます。

しかしそうではありません。

お金というものは不思議なもので、低い方から低い方へは流れ易いですが、低い方から高い方へは流れないものなのです。 つまりパチで稼いだ金は、所詮あぶく銭。 身に付くことの無い金なのです。

ましてや私は、一番大切な体を壊してしまいました。 健康な体は二度と戻ってはこないのです。 お金なら働けば何とかなります。 健康ばかりはそうもいきません。

それと…

このシリーズのコメントで三沢先生が「お父様は立派な方ですね!」と書いてくださいましたが、私は今になって父の偉大さが良くわかります。

「人生、困ったときにこそ、本当の協力者が良くわかる」といいますが、父は誰に対しても出し惜しみせずずっと世話を続けてきました。

当時の私は「人が良すぎる!」と笑ってばかりでしたが、今現在父は誰からも敬われ、実際一番幸せに生きているのは父ではないかと思えるほどです。

IMG_5869今もその夫婦は世話になった父の家に、定期的にお砂糖を届けてくれます。 サトウキビで出来た苦味が出るお砂糖です。

母が料理に使いにくいというわけで、全部その砂糖はウチが引き取ることになっています(笑

料理やお菓子作りなどに頭をひねりながら使っていますが、なかなか味が調わずいつも困っています。 そしてあの苦味を味わうたびに、私はかつての苦い想い出を噛み締めるのです。

これでお話はおしまいです。 どうも最後までありがとうございました。

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夫婦を襲った試練(日々の節約は大切だった その2)

こんばんは、タカビーです。

今日は昨日の続きです。


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
それでも節約は大切だった


1368633376_6c46ee59c5その後娘さんの婚約者が急死したり、業者がその筋の人だったりと、いろいろな災難がこの夫婦を襲いました。

結果娘さんは重度のうつを患い、自宅から外に出れなくなりました。 夫婦が会社を訪れなくなったのはそういった状態が続き、気楽に外へ出歩くこともできなくなったというのが実情だったようです。

リフォームに関しては散々で、業者は次々と継ぎ足し請求するというやり口で費用を請求し、支払いを渋るとその筋登場となったようです。

結局その夫婦は、数百万円の泣き寝入りだったそうです。 あの頃の父は、いろいろと手を尽くして助けてあげようとしました。 私は「ほうっておけばよいのに!」と思って、世話やきの父をいつも苦々しく思っていました。

正直、あの頃の私はその夫婦を見て「いい気味だ!」と思いました。 今考えると恥ずかしく、本当に情けないヤローだったと感じます。

「自分は節約などしないでも、ちゃんとまともに喰えていける。ケチケチしたって、所詮ムダさ!」くらいに思っていたのです。


■お次は自分の番

あの頃を振り返ると、私は自分の住宅ローンをパチとスロで支払えるとまで豪語していた大馬鹿者でした。 これまでの人生の中で、一番元気が良かった時代でもあります。 できないことなど何もないと、考えていたのです。

ですが今考えてみれば、それは大間違いでした。

湯水の如く金を使い、友人といえばパチ屋の知り合いかプロだけ。 特技などパチとスロ以外何もありませんでした。

とことん社会というものを舐めきっていました。 もしもあの頃の私に誰かが「パチ・スロ、やめた方が良いですよ!」などと言おうものなら、逆に「稼ぐ方法」などを自信満々に喋り続けたことでしょう。

そんな私が試練を迎えたのは、それからかなり年月が経ってからです。 しかし、今考えればその頃すでにもう没落は始まっていたのです。

長くなったので、明日へと続きます。

今日も最後までありがとうございました。

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日々の節約は大切だった その1

こんばんは、タカビーです。

2119929004_7f04911013タイトルをご覧いただければわかると思いますが、過去形になっています。

コレはつまり、私が節約しなかったが為にコケたということです(笑

ということで、今夜・明日は私の経験談です。


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うっとうしい夫婦 だが


金銭管理をすることは、依存症克服にとって極めて有効な方法です。

とりわけ「節約」と「返済」「貯金」は薬とも言うべきもので、依存症ギャンブラーは節約によって正常な金銭感覚を取り戻します。

そして貯金することによって、お金の尊さを学びます。 返済は繰り返さないための薬といえるでしょう。



■ケチな夫婦

その夫婦はしばしば父の会社を訪れました。当時、私は30代になったばかりでした。 彼らは60代前半くらいだったと思います。

その夫婦は父の知人だったのですが、来ればたいてい1時間以上話しこんで帰りました。 途中で他の来客があろうが、気にすることも無く堂々と長居していました。

だからいつも会社にとって、有りがたくない人たちだったといえます。 この夫婦が来たら、私は用事が無くても社を出ました。 それはいつも同じ話ばかり繰り返し聞かされるのが嫌だったのと、忙しいときに話の相手をするのが鬱陶しかったからです。

彼らは来ると、いつも同じ話ばかりして帰りました。 それは自分たちがいかに節約しているか、そしてその節約のおかげでマンション投資に成功したというような話です。

そのほかの話題といえば、いつも新聞のチラシを舐めるように見て1円でも安いものを探して買い物に出かけるといったことでした。


■若かった頃

あの頃の私はパチ屋に出入りし、自分の小遣いとしては有り余るくらいのお金を毎月稼いでいました。

こういった記事を書くと、自慢話のように思われたり、好ましくないと思われる方も多いかと思います。 ですが、依存に勝ち負けはありません。 もう一つ言えば、ギャンブルに勝ち負けはありません。

ギャンブルとは「遊戯料を支払うお遊び」です。

話を元に戻します。 だから私は心の中で、あの夫婦のことをいつもバカにしていました。 「ケチケチしやがって、それで自慢話かい! ケッ!」くらいのことをいつも思っていました。

そして会社に来るたびに、露骨に嫌な顔をして立ち去りました。 「二度と来るな!」と心の中で叫んでいました。


■夫婦に訪れた災難

それからしばらくして、その夫婦は会社に顔を出さなくなりました。 私はやれやれでしたが、なぜ来なくなったのか父に尋ねると…、

「家のリフォームで悪質な業者につかまって 酷い目に遭っている」とのことでした。

それから、その出来事をきっかけにその夫婦は数々の試練に見舞われることになったのです。

~続く~

今日も最後までありがとうございました。

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ギャンブル依存症克服法 自分への手紙〜あるクライアントさんの場合その1

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タカビーです、おはようございます。


昨日の願望するって話、いかがだったでしょうか? 実は投稿し終えた後で、ふと思い出したことがあります。


以前見た映画に『ネバーエンディングストーリー』という映画がありました。 この映画は、母親を失った少年の心を描いたメンタルな冒険映画として有名です。

少年が本の中の世界に入り込んで、そこに居る姫を助けるといった冒険のストーリーだったですが、印象に残った場面があります。

少年を無力にする為に、悪者の手先の嘘つき鳥が少年に魔法をかけ「願えば叶うんだ!」といって、少年に『願う』ことを勧めます。 

その魔法にかかれば「一つ願えば、記憶が一つ失われていく」のです。

そして少年は願い続け、少年の記憶は一つ、また一つと失われていきました。

しかしながら、少年の失われていく記憶の中には、亡くなった母親との触れ合いと別れのシーンが有りました。 

その少年の記憶を見た嘘つき鳥は、あまりに少年が可哀想になり、少年を助けるといったストーリーだったと思います。



本の中の世界では、『願えばその数だけ記憶が失われていく』ということでした。 しかしながら結果的に・・・、


〜少年は願うことにより、目的を達成できたのです。〜


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
自分への手紙(Aさんの場合・・・)


タカビーさん


少し照れくさいけど、
記事にして下さっていいですよ・・・。


                 by Aさん

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キミが生まれたのは、●●市のちっぽけな病院だった。 とっても泣き虫だったらしい、お父さんとお母さんが言ってたよ。


myselfキミはお父さんとお母さんにとって二人目の男の子だった、そしてキミの後には兄弟は出来なかったね・・・。


キミはとても大切に育てられた、キミのお母さんはよく言ってたものさ、「私の目の中に入れても痛くは無い。」ってさ。


お兄ちゃんとは小さい頃から仲が良かったんだ。 そうお母さんが言ってたよ。 キミとお兄ちゃんは仲の良い兄弟だって、近所でも有名だった。 一緒にランドセル背負って、あぜ道を歩いて仲良く学校に通ったよ・・・。


そんなある日、家に帰るとお父さんが泣いていた。自分でやっていた会社が倒産してしまったんだ。


じきにお母さんが働きに出ることになった。 キミとお兄ちゃんはそれぞれ鍵を与えられた・・・。 


“その意味もわからずはしゃいだこと、覚えているかな?”


それからキミとお兄ちゃんはいつも、お母さんが帰ってくるまで、外で遊び続けるか家で一緒に遊ぶかしていた。 少し寂しかったけど、そうして毎日仲良く時間をつぶしていたんだ。


でも、その頃からお母さんがキミとお兄ちゃんに、とてもきつく当たるようになった。 お母さんもきっといろいろと、辛いことがあったんだと思う。


不幸な出来事があったから、あの頃からお母さんは「うつ」になっていたんだね・・・。 髪の毛もかなり抜け落ちたらしい・・・。


キミが小学校3年のときにお兄ちゃんが、何か悪戯をしてお母さんに蹴飛ばされたことがあった。


そのときキミは、「お母ちゃん、もう堪忍して!」と叫びながら必死になってお兄ちゃんの上に覆い被さったね。


“キミはほんとうに優しい子だったんだ・・・。”


そのあとお母さんも泣いてた、「みんな、会社が潰れたのが悪いんだ!」って言いながら泣いてたよね。


お父さんはあまり仕事に行かなくなった。 家に居る日が多くなり、居るときは昼間でもお酒を呑んだ。 お母さんとよく喧嘩になることがあった。キミは何度か聞いたことがあるだろう!


「この子達を連れて家を出ます!」何度もお母さんがお父さんにそう言ってたことを、思い出さないかい?


優しかったお兄ちゃんも、よく学校で喧嘩して帰ってくるようになった。 それからしばらくして学校から電話がかかってきた。


〜お兄ちゃんが万引きして捕まったんだ・・・。〜


あの頃のキミは、とても辛い毎日だったと思う。 いつも家ではお父さんとお母さんが喧嘩し、お兄ちゃんは人が変わったようにしゃべらなくなった・・・。


キミは本当は、お父さんとお母さんにしっかりと甘えたかったんだね。 みんなでどこかへ遊びに行ったり、虫取りに行ったり、泳ぎに行ったりして楽しく過ごしたかったのさ・・・。


〜でもそれは叶わなかったね・・・。〜


あの日の小学校の運動会を覚えているだろう? 他の子たちがみんな家族でお昼ご飯を食べているのに、キミはたった一人校庭の片隅で、冷たいおにぎりをかじっていたね。


とても辛かったんだね、でも友達もいるし泣くことも出来なかった・・・。 そしてあの頃から、キミの心は痛み始めたんだよ・・・。


キミは中学校に進んでから、友達にもあまり恵まれなかった。 いつも昼休みのお弁当の時間が嫌だった。 粗末な弁当を他の子たちに隠して食べなければいけなかったからさ。


キミは小さい頃はよく勉強も出来る子だったらしい。 でも、その頃から勉強もしなくなり、学校に行くのも嫌でしょうがなくなった。


家の中では相変わらず、お父さんとお母さんが毎日のように揉めていた。 お兄ちゃんは、高校に行きながらバイトを始め遅くならないと帰ってこなくなった。


その頃、キミは何度も家を出ようって考えたね。 今考えてみると、もうあのときにキミの心はボロボロだったのさ・・・。


でも、キミは頑張って我慢し通して中学校を卒業した。 偉いと思う。 ちゃんと受験も乗り切って、●●県じゃちょっとした公立高校に入ったんだから・・・。


あの時は、お父さんもお母さんもみんなとても褒めてくれたよね。嬉しかったろう?


でもキミはその後、いつも強い劣等感に悩まされて生きてきた。「俺はどうせダメな奴だ!」そう思いながら生きてきたんだと思う。 


それに、いつだって家のことが負い目になっていたよね。 あの頃のキミの日記には、『この不幸な家』って何度か書かれてあったよ・・・。


そして、キミが高校3年になり進路を決めねばならない頃、その事件は起こったんだ・・・。


 〜続く〜


PS


この『自分への手紙』は私のクライアントであるAさんに転載の許可を頂戴し、私タカビーが少し加筆・修正したものです。 ご協力いただいたAさんに、この場でお礼申し上げます。
(掲載した写真は、個人を特定する物ではありません。)


「Aさんの自分への手紙は、いかがでしたか?」

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〜反省するとともに、今後の参考とさせていただきます。〜 (必ず、ご返信させていただきます。)


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ギャンブル依存症克服法 エピソード12 公園が賭場だったあの頃

ジャンジャン街昨日の続きです。


こういった遊びはちゃんとしたルールも有りましたし、使う球によって数える単位まであったもんです。


チビスケは賭けずにゴマメとして参加できるとか、子供ならではの決まりと思いやりがあったのも事実です。


 〜まあ今考えると、この類の遊びはいわば
   ギャンブラーの養成だったわけです。〜


私は結構強く、せっせと貯めたビー球が大きな甕いっぱいあったのを思い出します。


で、その一方で下手な子は、近くの駄菓子屋に行ってビー玉を買って来なくてはなりません。


私を含め、何人かの強い子たちは自分がせしめたビー玉を、こういった弱い子に売って儲けていたともいえます。


今考えると、もうあの頃既に・・・・・、


 〜賭け始めていたのですね、バクチですもんねアレは!〜


私もそうですが、ギャンブラーの過去の話を聞くと、何らかの賭博がらみの過去が存在する場合が多いのです。


私の場合それは小学生の頃のビー球だったわけですが、そういったことについては人それぞれです。


ある人は父親に幼少の頃からよくパチ屋に連れて行かれ、景品のチョコレートをよく貰ったそうです。


ある美容師の女性は母親がせっせと宝くじを、毎回のように購入していました。


私の知り合いは突然現金5万円親から手渡され、これで適当に遊んで来いと言われました。



特に身内にギャンブラーが居ると、これは悲しい事実ですが、その後かなりつらい人生を送る可能性が高いのです。




 〜いずれにせよ幼少の頃からのバクチは、
  良かろう筈がありません。〜


例えば、


私がビー玉に高じていた時、お金を多く貰える裕福な子供はなりふり構わずいくらでもビー玉を買いに行きましたからね。


こういった状況になれば、それがたとえちっちゃな子供であったにせよ・・・・・・、


 〜ギャンブル依存症であるとさえいえるのです。〜




今の時代にビー球・べったんは無いでしょうが、その代わりにもっと恐ろしい賭け事で世は溢れています。


小さい頃から株式取引させるとかね・・・・・・、(村上ファンドのあの方もそうだったと聞いてます。)


 〜こんなことやめてよね。〜


もしあなたにお子様がいらっしゃれば、もしくは今後結婚されるのであるならば、次のことをよーく覚えておいて下さいね。


 〜ギャンブラーを作ってはならない!〜


 〜ギャンブラーを育ててはいけない!〜


エピソードおしまいです、今日も最後まで、有難う御座いました。

ギャンブル依存症克服法 エピソード12 公園が賭場だったあの頃

懐かしき昨日の続きです。


私は大阪市の福島区で生まれ、中学校の2年生までそこで育ちました。


福島という所は、梅田の真横にあって何かしらパッとせず、ガラが悪かったので昔は【ガキ島】と呼ばれていたんだとか、


それで、それはあまりに名前が良くないって事で今の福島に改名されたと云ういきさつがあるそうです。


まあいずれにせよ、あまり子供の教育の為には良い場所だったとはいえません。


住んでいた家の5〜6軒となりが組事務所だったですからね、雀荘が斜め前で向かいが中華料理店、


よく組のオニイサンと一緒に、キャッチボールとかやって遊んでもらった記憶が有ります。


付近には大きな公園も無く、有るのは猫の額ほどの小さな公園だけ、


 〜たしか、ひまわり公園って名前でしたかね。〜


付近に住む子供たちの遊び場はその公園しかなく、そこに遊びに来る顔見知りの子供たちは、その殆どが付近の商売人の子供か近くの中央卸売市場の仲買い人などの子でしたね。


パチ屋の息子のO君、ピンク映画館の息子のK君、靴屋の息子のK君など、私の知り合いといったらその程度でしたか、


子供たちが公園に来る目的は、その殆どが遊びとはいえ賭け事です、つまり・・・・・・、


ビー球

メンコ

おはじき

べったん


いずれもね、勝った者が賭けた物を貰えるという遊び、つまりはバクチだったのです。


あなたがお幾つなのかは知りませんが、ひょっとしてこういった遊戯をご存知かもしれませんね。


お若い方は殆どご存じないのでは・・・・・・・・?


特にこういった遊びの中で人気が高かったのがビー玉で、私は幼少の頃からこれに熱中しました。


遊び方は何通りかあって、一番人気があった遊び方が【ナキ】という遊び方でした。


地面に穴を掘り、賭けたビー玉をその穴に投げ込みます。


穴から跳び出たビー玉の中から、相手は狙いにくそうなビー玉を指定します。


離れた距離から別のビー球を投げて、見事命中すれば全員の賭けたビー玉を総取りといった遊戯で・・・・・・、


5〜6人でやると賭けた球の数が多くなり、かなりアツかったことを想い出します。



続く


ギャンブル依存症克服法 エピソード12 公園が賭場だったあの頃

かつての繁栄タカビーです。


昨日の記事で、【習慣癖型】つまり惰性で通うあなたへ向けてのメッセージは終わりです。


次はあなたもパートナーもギャンブラーである場合、【夫婦共依存型】についてお届けしてゆきます。


さて今日ですが、例によりまして、またまたエピソードってことでお話したいと思います。


先日お便りを頂戴いたしましたTさん、「よくそれだけ書くことが有りますね!」って言って下さいました。


 〜どうも有難う御座います、でも、
  いつネタ切れになるかわかりませんので・・・・・。〜


それにしても・・・・・、


 〜エピソードだけでも、よくこれだけ有るなと
  ホント我ながら思います。〜


複雑な心境です、まあ殆どが過去のペケポンの記録ですからね(^▽^笑) 


 〜良い想い出なんて、まあ数少ないですから。〜




さてさて、気を取り直してお話しましょう。


 〜公園が賭場だったあの日です。〜

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ギャンブル依存症克服法 エピソード11 テーブルポーカーとデカ

私は悪い予感がしました。


彼と一緒に店を出ると、彼に向かって話しました。


夕暮れ
「さっき奥に居たデカが居なくなったんだよ、
 なんかヤバくないか?」


「そういえば、突然居なくなったよな。」


「オレ、当分この店に来るのやめようと思う。」


「確かに・・・・・・、その方がいいかもな。」


そして私たちはその店に行くのをやめました、そして1週間くらい経ったでしょうか・・・・・・。


突然その店は閉められました、二日たっても三日たっても閉じられたままでした。


知り合いに聞くと、そこで警官による摘発があったとのこと、何の摘発か、それが麻薬なのか違法賭博なのか今となってはわかりません。


しかしながら、もし私達が行くことをやめなければ、まずその騒ぎに巻き込まれたに違いありません。


 〜実際、ゾッとしました。〜


その後、いろいろな人の話を聞いて、あのテーブルポーカーが違法賭博であり、警察の取締りの対象になっていることを聞きました。


知らなかったとはいえ、無茶なことをしていたものです。


それと・・・・・・、


そっと、「やめたほうが良いですよ。」と忠告してくれたあのデカに感謝しました。


 〜あの一言がなければ、まず間違いなく、
  気にもかけずに通っていたでしょうからね。〜



そして、それから全国各地で違法賭博の一斉取締りが始まりました。


東京は勿論のこと、大阪でも何件もの賭博機設置店が摘発され、経営者が逮捕されました。



余談ですが・・・・・・・、


私は「日本バーリー」という違法賭博機製造販売会社の、摘発を目撃したことが有ります。


私服警官が、刑事ドラマさながらに建物を取り囲み、無線で連絡を取りながら身を隠して張り込む姿を、今も忘れることが出来ません。


この摘発と大捕り物については、翌々日のニュースと新聞で公表されました。


大阪南警察署の賭博機汚職、俗に言う【南町奉行事件】が起きたのもこの頃です。


あれからも、違法ギャンブルに関する摘発や逮捕者の話は後を絶ちません。


もし・・・・・・、もしあなたがこういった違法なギャンブルをなさっているのなら、


 〜あなたの破滅への選択肢は、
  通常のギャンブラーより格段に多い。〜



このことを、よく覚えておいて下さいね。


今日も最後まで、有難う御座いました。

ギャンブル依存症克服方法 エピソード11 テーブルポーカーとデカ

黄昏
客が少ない日でした、私は知り合いの営業マンとその店で昼食を取っていました。


すると・・・・・・・、


突然、一つとなりのテーブルの客が喚きました。


「ああ!オレはなんて馬鹿なんだろう!」

「オレはこいつのせいで、全て失った。」

「金も名誉も、家族も何もかも・・・・・。」


常連だった初老の会社員風の男はそう言うと、昼間だというのにその日何杯目かのウイスキーのロックを注文し、こう続けました。


「たった1回でいい、こいつが出たらオレはやめるのに・・・・・・・、どうか出てくれ!!」


アルコールの勢いもあったのでしょう、誰に話すわけでもなく、彼は呟きました。


私にはわかっていました、こいつとは何のことか、そして・・・・・・、彼の気持ちが痛いほどわかったのです。




 【ローヤル ストレート フラッシュ】


これがテーブルポーカーの最高役でした、投資金額が500倍になるのです、1BET100円で最高10BETですから1000円、それが50万円になるわけです。


勿論こういった役はそうそう出るわけではありません。


しかしその役を拝むまではと、この初老の会社員は通い続け毎日摩っていたのでした。


それからしばらく時間が経ち、彼は突然叫び声をあげました。


「出た!出た、出た・・・・・・。」


私たちは彼のテーブルに向かいました、そこには紛れもない三つ葉の最高役が揃っていました。


 “5BETの【ローヤル ストレート フラッシュ】”


彼の手許に25万円のキャッシュが転がり込みました


「これでやめれる・・・・・・。」


彼はそういい残すとその店の客全員の注文伝票を引き受け、支払いを済ますと、意気揚々とその店を去っていきました。


残された私たちは、持ち点のカウンタがリセットされるのに30分は優にかかるであろうそのテーブルの、カチカチというリセット音を聞きながら呆然としていました。


それは・・・・・・、


一番の願望を実現して去っていった彼のこと・・・・・・、


 〜こいつが出たなら、やめられる・・・・・・。〜


そう言い、それを実現して去って行った彼を羨む気持ちからでした。


その時、私はふと気付きました。


 〜さっきまで一番奥のテーブルに座っていた
  【デカ】がいなくなっていることを・・・・・・。〜



続く

ギャンブル依存症克服法 エピソード テーブルポーカーとデカ

タカビーです。


昨日までで、働く気力が乏しいあなたへのお話は終わりです。


本日は・・・・・、また例によりまして、^^エピソードということでお話してまいります。


 〜少しお気軽にお読み下さいませ。〜


 【テーブルポーカーとデカ】という話です。

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