さすがに呆れ果てて、記事を書く気になった。最近になって、パチンコ・スロットに「換金が存在するかどうか?」といった、しょーもないことが話題に上っている。

> 「パチンコで換金が行われているなど、まったく存じあげないことでございまして」と警察庁の担当官。「建前論はやめましょう」。うんざり顔の議員ら。

>高村正彦・副総裁、野田聖子・総務会長、野田毅・税調会長ら大物議員が発起人に名を連ねる自民党の「時代に適した風営法を求める会」で、そんな堂々巡りが続いている。(朝日新聞2014年8月25日21時42分より引用)


オヤジが子供にチロルチョコかビスコを差し出し、「パチンコは賭け事じゃないんだ 勝ってもお金に換えられないんだよ!」などという言い訳は、弟が出来たとき上の娘にばつ悪そうに「赤ちゃんはコウノトリが 運んでくるんだよ」と話す以上に苦しく、また滑稽なものである。パチンコが堂々と換金できるバクチであることなど、遥か昔から小学生でさえ知っている。

この記事をお読みのあなたやあなたの旦那なんかも何度かは、ちょっと人目に付かない場所にある、あの小さな窓に文鎮や蝶々のはく製なんかを差し入れた経験があるに違いない。そして、そこから差し出されるお札に、ニンマリした記憶があることだろう。

以前の記事でも書いたが、パチンコが賭博であり公然と換金が行われていることなど、日本はおろか世界中周知の事実であり恥である。その証拠に業界の宣伝を担っているパチンコ誌は、常に交換率について公言している。そしてそこに登場するプロが本日の収支として、本日の上がりプラス●●円などと書いている。そもそも換金がないのにプロなど存在するはずがない。

あの業界は、何をどう釈明しようがギャンブルを生業としているのである。つまり、換金あってこその業界なのである。換金できないパチ・スロに、誰も金を使おうとしないことなど明白である。間違いないことだが、パチ・スロというものはれっきとした「最悪の賭博」なのだ。

今回、新聞の取材にPOKKA吉田氏が答えている。「警察が 業界の生殺与奪の権を握っている」というのがPOKKA吉田氏の意見だと思うが、実際は少し違うだろう。なぜなら警察があの業界を生かすことはあっても、決して殺すことなどないからである。そして裏でガチガチにつながっているにもかかわらず、実際には顔を赤くして否定しなければならない理由もある。

今なお警察からパチ業界への天下りは続いているし、警察署の生活安全課にお邪魔しても、そこに置いてあるカレンダーはパチ業界のものであることが多い。署内でも、雑談の多くは、パチ・スロの話題である。我々が感じる以上に警察とあの業界の結びつきは強く、それは決して一方的な支配関係などではない。

それと… パチンコ税を徴収するとはどういうことか? それは徴収先を殺さないということである。もう一ついえば、徴収する産業の発展が税収の拡大につながるのである。

安倍政権がバクチを重要な資金源と見ていることは、今回の出来事から見ても明らかだ。今、日本という国は国民をバクチ漬けにして、腐敗と破滅への道を辿ろうとしている。

今の政治家たちに、善意という言葉は存在しないのだろうか。